評論家・豊田泰光の予想通り、若い福本豊や加藤秀司には、巨人に対する怖さはなかった。だが「ON」への憧れは人一倍強かった。
「王さんや長嶋さんと同じグラウンドに立ってええんかいな-そんな気持ちになったね」と福本。加藤も「故郷の静岡では巨人戦しか野球中継やってないし、子供のころから川上、長嶋ファン。立教時代の長嶋さんを神宮球場へ見に行ったよ」という。
その長嶋茂雄がいきなり活躍した。
◇第1戦 10月12日 西宮球場
巨人 100 100 000=2
阪急 001 000 000=1
【勝】堀内1勝 【敗】足立1敗
巨人は予想通り堀内が先発。阪急は山田ではなくベテランの足立。一回、巨人が足立の立ち上がりを襲った。
2死二塁に内野安打の柴田を置いて、4番の長嶋が遊撃・阪本のグラブをはじく中前タイムリー。
阪急も三回に阪本の四球と加藤の中前打で2死一、三塁とし、長池の右前タイムリーで同点。
そして迎えた四回1死後、長嶋が1-3から外角球を右翼線へ二塁打。2死後、末次の三遊間安打で本塁へ突入。捕手・岡村のタッチをかわし、滑り込みながら「セーフ!」のポーズ。これが決勝点となった。
この2安打で長嶋がこれまで11回出場した日本シリーズの第1戦の成績は45打数21安打。打率・467。誰もが緊張で足が震えるといわれる第1戦でこの驚異的な数字。これが「燃える男」ミスター長嶋の魅力、いや〝魔力〟だった。
「試合に負けて悔しかったが、長嶋さんは、ほんとうに格好よかった」とは加藤の感想である。
この日の朝のこと。芦屋市の巨人宿舎「竹園旅館」で長嶋と同室だった土井正三は、異様な気配を感じて目を覚ました。すると隣の布団の上で長嶋がバットを構えて立っていた。
「振らないんですよ。ただ、じぃっと一点を見つめたまま動かない。長嶋さんの呼吸だけが聞こえてくるんです」
土井は鳥肌が立つのを感じたという。
阪急は絶対に打たれてはいけない男、長嶋に打たれて第1戦を落とした。これがこのシリーズ〝第一の敗因〟となるのである。(敬称略)