一方で、ネットの利用時間を減らすためにBlackBerryを選んだユーザーにとって、こうした不都合はむしろ好都合だ。英国の新聞『i(アイ)』でスポーツ記事を担当するルイ・ドレは、TCLのBlackBerry端末として最新機種の「BlackBerry KEY2」(18年発売)を使っている。その前のモデルは「BlackBerry KEYone」(17年発売)だった。
ドレは次のように振り返る。「KEYoneは基本的にソーシャルメディアはどれも使いにくかったんです。画面の縦横比が3:2なので、Instagramのストーリーを表示すると上が切れてしまうし、Facebookのアプリとも相性が悪かったですね。KEY2はいきなり再起動されてしまう問題がなくなったので、ほかのことに気が散らない携帯電話としては最高でした」
「わたしにとっては、BlackBerryへの愛は携帯電話への愛そのものです」と、ドレは言う。「ソーシャルメディア断ちを可能にしてくれたスマートフォンですから。とはいえ、Twitterは別でしたね。とにかく、情報量に圧倒されずに周囲とのつながりを感じることができました」
ドレのKEY2は、キーボードショートカットでアプリを起動できるようにしてあるほか、アプリからマイクやカメラへのアクセスを拒否する設定になっている。また、1回充電すれば3日はバッテリーがもつという。「時代遅れだし、ちょっと変わった機種ではあります。それにぼくは27歳なので、たぶんKEY2のターゲットとなる年齢層からは外れています。それでも、自分が携帯電話に求めることをすべて満たしてくれているモデルです」
長く愛されたブランド
ブラックベリーの最高経営責任者(CEO)のジョン・チェンは、OnwardMobilityとのライセンス契約に関するプレスリリースで、「物理キーボードを搭載した5G対応のBlackBerryスマートフォン」が登場すると明らかにしている。また、セキュリティや生産性についても少しだけ言及した。
テック分野を専門とするフリーランスのライターのダン・ロビンソンは、「わたしは間違いなくキーボード信者です。BlackBerryのユーザーはみんなそうだと思われているんじゃないですか?」と語る。「これまででいちばんよかったのは、『BlackBerry Priv』(15年発売)ではないでしょうか。いまも使っていて、16年に買ったからもう4年ですね。以前は定期的にソフトウェアのアップデートがあったんですが、いまはもうなくなってしまいました」
大半のBlackBerryユーザーと同じように、ロビンソンもスマートフォン(この場合はスライド型キーボードだが)の主な用途はメールとテキストメッセージだ。ロビンソンは「タッチスクリーン式のキーボードは本当に嫌です」と言う。
インスタントメッセンジャー「BlackBerry Messenger(BBM)」やBrick Breakerを懐かしむユーザーはたくさんいる。BlackBerryがいまも存続しているのがこうした人々のおかげかどうかはわからないが、とにかくブランドはなんとか生き延びたのだ。一部のレトロなゲーム機を除けば、ここまで愛されたガジェットは珍しい(スマートウォッチの「Pebble」はそのひとつかもしれない)。
これで終わりかという危機的な瞬間は過去に何回もあった。15年には独自開発のOS「BlackBerry 10」をあきらめてAndroidに移行したほか、ブラックベリーは16年3~5月期に6億7%2C000万ドル(約706億円)の赤字を計上した。そして同じ年にTCLとのライセンス契約が結ばれ、端末事業からの実施的な撤退が決まったのだ。
物理キーボードに夢中になる人の気持ち
それでは今後の見通しはどうだろうか。「TechCrunch」は、OnwardMobilityが従業員数50人に満たない無名企業で、販売台数を100万~200万台程度に増やすことすらおぼつかないのではないかと指摘している。ただ、ターゲット層はかなり限定的であるとはいえ、ブランドが復活すれば非常に喜ぶコアなユーザーが少なくとも数万人はいる。
『WIRED』UK版のライターであるエサット・デデザデは、「Passport」の限定版となる「BlackBerry Passport Silver Edition」(15年発売)をもっている。もう使ってはいないが、古いまくらカバーにくるんで、ケーブルやその他の昔のガジェットと一緒にしまってあるという。
デデザデは「わたしとBlackBerryとの関係は、ゆっくりと燃えるキャンドルというよりは、勢いはすごくても短期間しか続かないロケットの爆風のようなものでした」と振り返る。「それでも、13年にBB10を搭載した『BlackBerry Z10』と『BlackBerry Q10』が出たときは、いいなと思いましたよ。物理キーボードに夢中になる人の気持ちがついに理解できたんです」
そこで、アプリの少なさには目をつぶり、「見事なまでに四角い」PassportからAndroid搭載のPrivまでをメインの端末として使ってみた。デデザデはPrivを「いまでも懐かしい本当に満足のゆくスライド式キーボードのついた機種」と形容する。21年に登場予定の5G対応モデルについては、「Androidベースで、昔と同じような四角い画面とキーボードにそれなりのカメラがある」という条件が揃えば、真っ先に買うつもりだという。
カメラの性能に期待
水道会社United Utilitiesで働くルーシー・バーンズは、「BlackBerry Bold」(08年発売)の物理キーボードの「いい感じのクリック音」と「トラックボードの感触」をいまだに覚えている。それに外装がゴムなので、落としても平気だった。11年からは仕事も私用もBlackBerryになり、「BlackBerry Curve」シリーズからBoldの後継モデル2機種、「BlackBerry Leap」(15年発売)まで、5年にわたって複数のモデルを愛用した。
バーンズは「大学を卒業してすぐ、最初のBlackBerryを買いました」と振り返る。「ビジネス向けの実用的な携帯電話というイメージでしたよね。テレビでもいろんなキャラクターが使っていました。米国版のドラマ『The Office』のデビッド・ウォーレスとかね」
ただ不満な点もあり、「カメラはどうしようもなかったし、キーボードがとれたときは無理やり押し込んで直さなければならなかった」という。バーンズはいまはサムスンの「Galaxy S10+」を使っている。だが、新しいBlackBerryのOSがAndroidで物理キーボードがあり、カメラ性能やスクリーンの解像度がよく、さらに必要なアプリも揃っていれば、買い替えを検討するという。
redditのe-boonというユーザーは、BlackBerryフォーラムに次のように書いている。「本当に何でもいい! BlackBerryというブランドより物理キーボードが欲しいんだ。(マイクロソフトの)『Surface Duo』だって、結局は板を2枚つなげただけだろう。個人的にはたいしたことないと思ってる。片方のスクリーンをキーボード専用にすれば正確なタイピングができるってことらしいけど、ばかげたアイデアだと思う」
e-boonの初BlackBerryは08年に購入した「Pearl」で、その後は「Bold 9000」のようなBlackBerry端末からiPhoneとサムスンの「Galaxy」シリーズを経て、KEYoneでBlackBerryに戻ってきた。e-boonの投稿には、「BlackBerryをまた使い始めたのは17年だから、『BlackBerryってまだ生きてるの?』『物理キーボードがあるの?』っていう気持ちはよくわかる」と書かれている。
「ここでBlackBerryへのこだわりを語ってみんなに勧めてるけど、実際にAndroid搭載のBlackBerryを買った人がいるのかはわからない(何人かはいるかもしれないけど)。なぜなら、世間の人たちの認識を変えて、(iPhoneやGalaxy)といった安全地帯から飛び出して、行ったこともない、もしくは何年も前に行っただけの場所に移動するよう仕向けるのは難しいからだ…。ちなみに、この文章はKEY2のキーボードで打って、そこから投稿している」
「変わり者」ではない
新しいBlackBerryについて議論するファンたちの間では、「2008年を懐かしむレトロ好きな変わり者だとは思われなくない」というのが常套句になっている。redditのpetitegingはカナダのノバスコシア州に住んでいるが、OnwardMobilityとのライセンス契約を祝う投稿で、「ほとんどの人はBlackBerryは時代遅れだと考えている」が、BlackBerryフォーラムは「話が通じるコミュニティ」だと語っている。
petitegingはいまはグーグルの「Pixel 3 XL」を使っているが、BlackBerry関連ではPrivのスライド式キーボードと、キーボードショートカットを割り当てればボタンひとつで連絡先を呼び出したり、ページの上までスクロールしたりできるところが特に好きだったという。
petitegingは「カメラがよくなかったからKEY2は買わなかった。Pixelは動作が速いしカメラもいいけど、やっぱりBlackBerryとは違う」と書いている。