勇者の物語

ドライチ山田負傷 正式契約を延期 虎番疾風録番外編79

ちょっぴり緊張した表情で渓間代表(左)と握手する加藤
ちょっぴり緊張した表情で渓間代表(左)と握手する加藤

■勇者の物語(78)

〝花の44年組〟のすごさは1位指名選手だけではない。2位以下の選手たちの中からも多くの名選手が誕生した。

左の表は各球団の主な活躍選手。そうそうたる顔触れである。

東映 ④金田 留広 投 日通浦和

広島 ②水沼 四郎 捕 中央大

阪神×⑧長崎 慶一 外 北陽高

南海 ④藤原 満  内 近大

東京 ⑨飯島 秀雄 外 茨城県庁

中日 ②水谷 則博 投 中京高

③大島 康徳 投 中津工高

⑨島谷 金二 内 四国電力

阪急 ②加藤 秀司 内 松下電器

⑦福本 豊  外 松下電器

⑨切通 猛  外 東芝

×⑫門田 博光 外 クラレ岡山

西鉄 ⑨大田 卓司 外 津久見高

「×」印は入団を拒否した選手。地元の阪神から8位指名された長崎慶一本人は阪神ファンでプロ入りを希望したが、家族が大反対。「大学を出てしっかりとした会社に就職しなさい」という母の指示に従い、泣く泣く法大進学(昭和47年、1位指名で大洋入団)を選んだ。

当時はまだプロ野球は不安定な職業とされ、指名されても大学に進学する高校生や社会人野球に進む者が多かったのだ。この43年のドラフトでも135人が指名され、プロ入りしたのは82人。

阪神は8人を指名し入団は3人。阪急も15人を指名し半数の7人しか入団していない。その中から1位の山田久志、2位の加藤秀司、7位の福本豊が〝名球会〟入り(全体では7人)。もし12位の門田博光が入団を拒否(翌44年、2位指名で南海入団)していなかったら…。花どころか〝黄金の44年組〟といわれたかもしれない。

43年当時の新聞を見ると、注目はやはり阪神に指名された田淵幸一の動向。日々刻々と阪神入りへ傾く田淵の心情が報道された。各球団のドラフト上位指名選手たちも次々と入団を決めていく。

そんな中、阪急は12月11日午後3時から、大阪・北区の球団事務所で2位・加藤の入団を発表した。渓間秀典(たにま・しゅうてん)球団代表と握手する加藤は緊張の表情。そして、同日、衝撃的な事実が明らかになった。

ドラフト1位で指名した山田(富士鉄釜石)が練習で腰痛とひじ痛を訴え、精密検査の結果「脊椎分離症」であることが判明。治療、リハビリに専念するため「正式契約をしばらく延期する」と発表したのである。(敬称略)

■勇者の物語(80)

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