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三重津海軍所跡、世界遺産の展示充実へ 登録から5年、佐野常民記念館を全面改修 佐賀

三重津海軍所跡から出土したドック遺構=佐賀市川副町(佐賀市提供)
三重津海軍所跡から出土したドック遺構=佐賀市川副町(佐賀市提供)

 佐賀市は、世界遺産「明治日本の産業革命遺産」の三重津(みえつ)海軍所跡(同市川副町)に隣接する佐野常民(さのつねたみ)記念館の全面改修を進めている。世界遺産の展示を充実させるためで、総事業費は約10億円。来年1月から休館し、同9月にリニューアルオープンする。(九州総局 永尾和夫)

 同記念館は、日本赤十字の創設者として知られる佐野が、現在の佐賀市川副町出身であることから、地元の旧川副町が平成16年に開設した。佐野は若いころ、佐賀藩が設けた理化学研究所である精煉方(せいれんかた)主任として活躍した。三重津海軍所では国内初の実用蒸気船凌風丸(りょうふうまる)を完成させた佐賀藩7賢人の1人だ。

 旧川副町は記念館開設に先立ち、佐賀藩の海軍の拠点があったとされる隣接地の早津江川河川敷一帯を公園整備のため発掘調査。海軍に関する多くの遺物を確認した。

 一方、九州・山口各県では、幕末から明治にかけての産業革命遺産を、世界遺産に登録しようと、歴史遺産の再確認調査を実施。川副町と合併した佐賀市が現地を再発掘したところ、平成21年に、長さ60メートル、幅25メートル、深さ3メートルのドック遺構を発見した。このドックは有明海の干満差を利用した「ドライドック」と呼ばれるもので、階段状に木組みを造り側壁としていた。水門を設け水の出し入れをする仕組みで、ドライドックでは国内最古だった。

 このドック遺構の発見によって、三重津海軍所跡は平成27年7月、明治日本の産業革命遺産に登録され、隣接する同記念館には、幕末の三重津海軍所の様子を映像で再現したコーナーなどが設けられた。

 今回のリニューアルは世界遺産登録から5年が経過したのを機に、三重津海軍所跡の展示を充実させるとともに、佐野常民と佐賀藩の近代化事業との関わりを明確にするのが狙い。館の名称の変更も含めて検討する方針。

 具体的には1階を三重津海軍所跡の展示室とし、ドックの実物大模型(縦7メートル、横8メートル、深さ3メートル)を新設。大型スクリーンでドックの仕組みなどを紹介する。さらに、世界遺産の紹介コーナーを設け、映像ホール企画展示室を増設する。また、出土した洋式船用ロープや特注品の食器も新たに展示する。

 2階は佐野常民展示室とし、佐賀藩の近代化事業を紹介する。これまで1階にあった日本赤十字社のコーナーも2階へ移動する。

 3階は三重津海軍所跡を見渡せる展望テラスと休憩所で、1階にあった図書コーナーもこの階に移す。

 事業費は建物の補修を含め約10億円。この春から作業を進めており、埋め戻された三重津海軍所跡の上にある駐車場を移転するなど、遺跡周辺も整備する。

 このため、来年1月から休館とし、同9月からリニューアルオープンする。

 記念館は平成16年の開館以来、昨年9月に来館者が100万人を突破した。開館当初は年間4万人程度だった来館者は、三重津海軍所跡が世界遺産に登録されて以降は倍増。10万人前後の来館者となっている。

 佐賀市歴史・世界遺産課の岩瀬さやか係長は「世界遺産をきちんと見てもらえるようにして、来館者がさらに楽しめるものにしたい」と話している。

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【用語解説】明治日本の産業革命遺産 

 九州・山口を中心に日本の近代化に貢献した製鉄・製鋼、造船、石炭産業の遺産群23資産が平成27年7月に「明治日本の産業革命遺産」として世界文化遺産に登録された。資産は8県11市にまたがる。

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【用語解説】三重津海軍所 

 佐賀藩が安政6(1859)年、現在の佐賀市川副町早津江に設立した蒸気船などの修理や造船のための施設。(1)藩の船を管理し海軍所の前身となった船屋(2)西洋船操船のための教育・訓練をした稽古場(3)修理や造船をした修覆場-の三つの地区があった。

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