【ソウル=桜井紀雄】韓国の文在寅(ムン・ジェイン)政権は、北朝鮮スパイを捜査する権限を情報機関から切り離し、警察に移管させるといった「権力機構」の再編を進めている。文大統領ら政権幹部には、情報機関が政治に介入し、民主化を弾圧してきたという思いが強いからだ。ただ、対北情報の収集とスパイ捜査は切っても切れない関係にあり、捜査力の低下を危ぶむ声も強い。
「対北、海外専門情報機関として国民と国家の安全と危機にのみ力を集中するよう新たに再編すべきだ」。文氏は21日、情報機関、国家情報院(国情院)や捜査機関の刷新策を協議する会議でこう強調した。
政府と与党は既に国情院を「対外安保情報院」に改称することで合意。与党議員が8月に「北朝鮮スパイを含む国内の共産主義活動に対する情報機関の捜査権をなくし、国内での情報収集を制限する」国情院法改正案を国会に提出した。
捜査権の移管を見越し、21日の会議では、捜査の司令塔として警察に新設する「国家捜査本部」にスパイ捜査などを担う「安保捜査局」を設置する方針が決まった。文政権は2017年の発足以降、国情院で政府機関やメディアに出入りしてきた担当官や国内情報を担う部署を廃止。海外や北朝鮮、対テロ情報の収集などに特化した組織への改編を進めてきており、仕上げ段階に近づいたといえる。
朴智元(パク・チウォン)国情院長は、会議後の記者会見で「国情院はいかなる場合も国内政治に絶対に関与できないよう法律で明確にする」とし、「暗い歴史をこれ以上、繰り返さない」と述べた。
暗い歴史とは、前身の中央情報部や国家安全企画部時代から情報機関が政権の意をくみ、民主化運動を弾圧してきた過去を指す。1980年代の学生運動経験者が多い現政権幹部にはそのイメージが一層強い。共産主義活動への捜査名目で活動家らの拘束が度々行われてきたことから、捜査権という武器を情報機関から取り上げる形だ。
一方で、北朝鮮から韓国に亡命した要人らの暗殺を企てた北朝鮮工作員らを、情報力を駆使して摘発してきたのも情報機関だ。韓国紙、東亜日報は社説で「対北情報収集機能と捜査権が切り離されることで、対共(スパイ)捜査が骨抜きになるほかない」と捜査力の低下に懸念を示した。
文氏は、徐薫(ソ・フン)前国情院長を特使の一人として北朝鮮に派遣するなど、対北対話のために国情院を動員してきた。2000年の初の南北首脳会談の事前交渉を担った朴氏を院長に登用したことからも国情院の改編の背景に対北融和へのシフトがあることは明らかだ。情報機関が政権の意向で翻弄させられ続けることを危惧する声も少なくない。