阪急は崖っぷちに追い込まれた。ところが10月25日、後楽園球場に姿をみせた勇者たちの表情には、どこか吹っ切れたものが見えた。
「おい、あれ、何とかいう女優とちゃうか」と、ある選手がスタンドを見て声をあげると、みんながベンチを出てスタンドをキョロキョロ。西本幸雄監督も笑っていた。
前日のことである。試合を終えて東京・小石川の宿舎に戻った選手たちに西本監督はこう言った。
「ミーティングは夜の10時から。それまでは自由に外出してよろしい」
それはあの「信任投票事件」でチームのムードが一変して以来、遠征先で初めて出された〝外出許可〟だった。
選手たちは大喜びで夜の街に出かけていった。そして10時から始まったミーティングでも細かい話は一切なし。
「ここまできたら、やるだけやろう!」「おお、あしたは思いっきり、日本シリーズを楽しもうぜ!」
お酒が入り、ほんのり赤ら顔になった勇者たちは雄たけびをあげた。
◇第4戦 10月25日 後楽園球場
阪急 050 020 020=9
巨人 100 100 120=5
【勝】足立1勝1敗 【敗】金田1勝1敗
【本】阪本①(渡辺)森本①(高橋一)柴田①(足立)
一回に1点を先制された阪急は二回、矢野と岡村のヒットでつかんだ1死一、二塁のチャンスに、足立が巨人の先発・金田から左中間へ逆転のタイムリー二塁打。さらにウインディの中前安打で一、三塁としたあと、阪本が右翼へ3ランを放ってこの回、一挙5点を奪って試合をひっくり返した。
その後も五回に森本が3番手・高橋一から左翼へ2点本塁打を放つなど、このシリーズ〝孤軍奮投〟する足立に9得点の援護射撃だ。
「長嶋、王につないだらいかん-と考えすぎるから弱気になり、打たれるんや。攻めたらそうは打たれんよ」
10安打5失点の完投勝ち。第2戦と第4戦を合わせ、王を6打数1安打2四死球、長嶋を7打数1安打1四球に抑えた足立光宏は「全部負けたら、格好悪いやないですか」と胸を張った。
西本監督のシリーズ連敗も「7」で止まった。(敬称略)