ミツバチとともに鹿児島から北へ 養蜂家・西垂水さん、蜜求め大移動

ミツバチが飛び交う中、蜜が詰まった板を確認する西垂水栄太さん=7月、北海道美深町
ミツバチが飛び交う中、蜜が詰まった板を確認する西垂水栄太さん=7月、北海道美深町

 ミツバチとともに、長年家族で日本を縦断して蜜を集める養蜂家がいる。鹿児島県南九州市の「西垂水養蜂園」。移動養蜂と呼ばれる手法で、日本では大正以降に広まった。高齢化や蜜が採れる植物の減少で従事する養蜂家は減っているが、縦長の日本列島の利点を生かして、季節ごとに最適な花の蜜を求める旅を続ける。

 7月下旬、北海道美深町郊外の森林。長方形の巣箱が並び、ハチが羽音を響かせながら、軽やかに飛び交っていた。「ハチが脂ぎったようにテカテカしてるのが健康状態が良い証拠。巣に蜜が入っている目安にもなる」。西垂水栄太さん(26)は箱から蜜がたっぷりと詰まった板を取り出しながら、笑顔で話した。

 移動養蜂は昭和35年ごろ、地元養蜂家の下で修業を積んだ栄太さんの祖父、正さん(82)が始めた。徐々に美深町など各地に拠点を拡大。近年は4月に鹿児島県薩摩川内市でスタートし、長崎県諫早市でミカン、秋田県大館市でアカシア、北海道紋別市や美深町でアザミなど、花の最盛期に合わせて北上する。

 だが今年は新型コロナウイルス感染拡大もあり、一家で北海道を訪れたのは栄太さんと弟の潤さん(20)、祖母(72)の3人だけ。栄太さんは初めて現場の仕切りを任された。「指示を出す難しさを実感し、技術面でも精神面でも祖父や父のすごさに気づいた」と話す。

 栄太さんは、幼稚園の頃から両親と各地を回ってきた。小学3年の時には、少子化で美深町内の小学校が閉校する危機に直面。児童不足にならないよう鹿児島に帰らず、約1年町で生活した。そんな思い出もあり「美深の蜂蜜を牛乳や野菜に並ぶ北海道のブランド品にしたい」と夢見る。

 移動は例年、20トントラック2台と2トントラック2台の計4台で、今年は潤さんが各地を回るルートで移動し、栄太さんは別行動で約400万匹のハチと2日以上かけて鹿児島県から直接美深町へ。ハチは暑さに弱く、風を送るために、ほぼ寝ないで走り続けたという。苦労は多いが「移動養蜂は子供の頃に知り合った人と再会できたり、各地で新しい出会いがあったりして新鮮だ」と魅力を語る。

 農林水産省によると、都道府県をまたぐたびに申請する移動養蜂の件数は昭和60年の4270件から、平成30年は2477件に減った。植物が減少したことや、担い手不足が背景だ。

 栄太さんは「養蜂業は『きつい、汚い、危険』の『3K職場』のイメージが強いが、若い世代だからこそ会員制交流サイト(SNS)などを活用してアピールしたい。ミツバチと働く魅力を理解してくれる仲間が増えれば」と力を込めた。

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