日本の未来を考える

コロナを再生の好機に 学習院大教授・伊藤元重

安倍晋三首相の辞任会見を映す大型ビジョン=8月28日午後、東京都新宿区(桐山弘太撮影)
安倍晋三首相の辞任会見を映す大型ビジョン=8月28日午後、東京都新宿区(桐山弘太撮影)

日本経済に活力を取り戻すためには何が必要なのだろうか。アベノミクスで景気刺激策をとったことはデフレからの脱却を実現する上では有効であった。しかし、日本の生産性は上がらず、その結果、成長率も低迷が続いた。経済が低迷しているので将来に対する見通しも暗く、消費も投資も低調であった。そしてコロナ危機によって、これまでの成果が一掃されそうな状況となっている。だが、皮肉なことにコロナ危機が日本経済が活力を取り戻す大きなチャンスになるかもしれない。あれだけの規模の財政金融政策による刺激でも日本経済の成長率が上がらないのは供給サイドが動いていないからだ。財政や金融で経済を刺激するのは需要喚起策、つまり、カンフル剤である。デフレが悪化しないためにカンフル剤は必要であるが、供給サイドが動かないことには所詮はカンフル剤にすぎない。

では、潜在成長率を引き上げるような供給サイドの変化はどうしたら起きるのだろうか。供給サイドが変化するためには、企業の行動や人々の働き方が変わり、イノベーションが社会に広がり、産業構造の調整が進む必要がある。こうした動きを引き起こすものとして、規制改革や税制・補助金などがよく取り上げられる。こうした政府による政策は重要であるが、今の日本経済の規模で政府に誘導できる部分は限られている。政府が少し動けば供給サイドが大きく変わるというのは過剰な期待である。今の日本経済を供給サイドから大きく動かす要因があるとすれば、それは一つしかない。加速度的なスピードで進化しているデジタル技術である。

日本の生産性や潜在成長率が海外主要国に比べて見劣りするのはデジタル技術への対応が遅れていることが大きい。デジタル技術のスピードを取り込んで社会や経済を大きく変えていくことをDX(デジタルトランスフォーメーション)と呼ぶ。日本ではDXのスピードが非常に遅かった。「技術は技術、経営は経営」という考え方をする経営者が多かった。イノベーションはシュンペーターも言うように「創造的破壊」によって社会を変えるものだ。破壊を恐れていてはイノベーションによって社会を変えることはできない。

コロナ危機はそうした流れを変えようとしている。多くの分野でデジタル技術に頼らざるをえなくなっている。DXの流れに乗れない企業は生き残れないと考える経営者も増えている。社会や経済の姿がコロナ前に戻ることはなさそうだ。過去の姿が破壊されることも覚悟で前に進むことが必要となる。これがDXの進むべき道である。先に、政府が供給サイドを動かす余地はそれほど大きくないと言った。それでも、政府の役割は大きい。日本では政府がDXの進展を遅らせるようなことが多くみられた。菅義偉首相が自民党総裁選で強調した規制緩和とは、民間の自律的な変化を政府が邪魔しないということであるはずだ。コロナ危機は日本にとってピンチであるが、このピンチをチャンスに転じたいものだ。(いとう もとしげ)