横山秀夫、山本兼一、葉室麟ら幾多のすぐれた大家を輩出してきた松本清張賞。本書は、本年度の第27回受賞作である。
唐代に安禄山(あんろくざん)が玄宗(げんそう)皇帝に叛いて大燕(だいえん)国を打ち立て、滅びた安史(あんし)の乱を舞台にとり、史実に沿って物語を展開している。だが、登場人物たちは史実から解き放たれた立ち位置で、自由闊達(かったつ)な生きざまを見せる。主人公は「武」を象徴する張永(ちょうえい)と采春(さいしゅん)の兄妹である。現在の山東省にあった平原(へいげん)城を守護する大隊長の兄はすぐれた軍人だが、人のよすぎる欠点を持つ。兄に従って戦う妹は、直感力に恵まれた現代的で魅力的な最強の女武芸者として描かれる。
さらに常山郡(じょうざんぐん)太守の息子で文官としてよき世を創ろうという志に燃える顔季明(がん・きめい)が采春の婚約者として登場する。非業の死に倒れる彼には「文」を象徴する重要な位置づけが与えられる。
安禄山の次男で後継者と目されている冷酷無比な安慶緒(あん・けいしょ)がボスキャラとして登場すると、季明は刃を恐れずに「書の力を侮るなかれ、一字、震雷のごとし」とのひと言を突きつける。
季明を安禄山に奪われた采春は、その仇を討つために破天荒な生き方を選ぶ。興行一座に身を隠し、燕支配下の洛陽に潜り込んで安禄山を狙う彼女の冒険譚(たん)は実にスリリングで、采春を好きになること請け合いだ。
張永は故郷平原を離れ、唐の国を守るために転戦し、唐軍はついに首都長安を奪還する。
唐と燕の戦いに荒廃した都邑に触れ、民のあえぎ苦しむ姿を知った兄妹は、国とは何か、何のために存在するのかと悩む。2人は厳しい生き方のなかで徐々にその答えを見いだしてゆく。本作は若き武人の成長譚としてのすがすがしさも併せ持つ。
燕国の2代皇帝となった安慶緒は、かつて季明から突きつけられた言葉によって、悪鬼のようだった生き方を変えてゆく。武の力に拮抗(きっこう)する言葉の力に対する作者の愛と、文字の力への期待にはおおいに共感する。
ただ、全編を通じて、もっと突っ込んで書いてほしいと思う部分もいくつかあった。千葉ともこが本作で世に問うたものを、今後、どのような作品でわれわれに提示してくれるのか。力強い物語を紡ぐ新人作家に心からのエールを送りたい。
(文芸春秋・1400円+税)
評・鳴神響一(作家)