小学生の男の子が五月人形から刀を抜き、振り回して遊んでいる回想シーン。「堀川くんが1人でチャンバラをして遊んでいた、そのときでありました。ドーン! 大きな音がしました」。絵をめくって続ける。「『何だ。何の音だ』玄関の方では、パチパチパチ、メラメラメラ。炎が上がっているではありませんか。そうです。空襲です」。抑揚をつけ、男の子のせりふ、ナレーション、効果音の3役を軽快な調子で語るのは、紙芝居師の三橋とらさん(37)だ。(橘川玲奈)
東京都荒川区出身。劇団員や実演販売員などを経て、10年前、母親もやっていた紙芝居にたどり着いた。
冒頭の物語は「おじいさんの絵」という紙芝居で、先の大戦で初の本土空襲とされ、荒川区の尾久(おぐ)地区が標的となった「尾久初空襲」を題材としている。
体験者の堀川喜四雄(きしお)さん(87)からの聞き取りをもとに三橋さんが作成した。展覧会を訪れた現代の男の子が、堀川さんの描いた爆撃機の絵を見て地元の尾久初空襲を知り、堀川さんから戦争当時の回想を聞く-という物語だ。
■「忘れられる」危機感
尾久初空襲があったのは、開戦からわずか約4カ月後の昭和17年4月18日。戦意高揚のため、戦時中から話すことは禁じられ、記録も残らなかった。その後も語り継がれることは少なかったとされる。地元出身の三橋さんも学校で習ったことがなく、知人に作成を依頼されるまで存在を知らなかったという。
尾久初空襲はもともと体験者が少ない上に高齢化も進んでいるため、「語らなければ忘れられる」という危機感を持ち、区内の学校を中心に紙芝居を披露している。だが、セッティングなども自らこなさなければならず、「語り継ぎたいという思いに賛同して、一緒にできる仲間がほしい」と訴える。
紙芝居の語りだけでなく、ストーリーを考えて絵を描いたり、脚本を練ったりもする。テーマは多岐にわたり、「おじいさんの絵」のような戦争と平和を題材にしたものもあれば、ドキュメンタリー調の作品もある。