いきもの語り

「鳩舎に帰ってきた」感動の瞬間 ハトレースに情熱、及川茂さん

数々のハトレースで優勝経験を持つ及川茂さん=2日、墨田区業平(本江希望撮影)
数々のハトレースで優勝経験を持つ及川茂さん=2日、墨田区業平(本江希望撮影)

 帰巣本能に優れたハトは、紀元前から通信手段として重要な役割を担ってきた。ハトレースは18世紀に始まり、日本では昭和39年の東京五輪開会式での放鳩(ほうきゅう)をきっかけにブームとなる。高齢化や住環境などの影響で競技人口は減少傾向にあり、現在は約1万人を数える。

 東京都墨田区に鳩舎(きゅうしゃ)を持つ及川茂さん(71)はハトレース歴50年以上、優勝経験も豊富だ。国内でも長距離レースは1千キロ以上に及び、過酷を極める。それだけに「鳩舎に帰ってきたときの感動がハトレースの魅力」と語る。

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 及川さんの鳩舎に入ると、驚いて羽ばたいたり、自分の小屋に入ったまま、じっとこちらを見つめたりするハトたちの姿があった。その数、約140羽。別の鳩舎も入れると約400羽になるという。

 レースに出るのは改良したカワラバト。神社や公園などで見かけるドバトと同じハトではあるが、レースバトは競走馬のサラブレッドと同じく、優秀な血統のハトを交配させていく。目の前にいたのは及川さんが「若大将系」と名付けたハトたちで、17歳のときに1千キロのレースで優勝したハト、若大将の血統を受け継いでいる。

 「若大将は1千キロのレースで、出発当日に帰ってきた。当日に帰ってくるのは愛鳩家(あいきゅうか)の夢で、初参加でそれがかなってしまった」

 動物好きで、10歳のときからハトを飼い始めた。「ハトは高くて買えないので、近所で一番強い人の所で掃除を手伝うなどして、卵を2個もらったんです。生まれた2羽のうち、1羽は迷子になってしまいましたが、もう1羽は600キロのレースで連続優勝して、若くして勝つから『若大将』と名付けたんです」

 1千キロのレースで初優勝したのは昭和42年。賞品はプリンス自動車だった。

 「若大将はとても神経質なのに、卵を抱かせると、そこから動かない。ハトはオスとメスが交代で卵を抱くのですが、若大将は卵を抱きたいから急いで帰ってくる愛情の強いハトでした」

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