本ナビ+1

『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』無垢の本を真の成熟に導く ライター、永青文庫副館長・橋本麻里

【本ナビ+1】『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』無垢の本を真の成熟に導く ライター、永青文庫副館長・橋本麻里
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 □『マルジナリアでつかまえて 書かずば読めぬの巻』山本貴光著(本の雑誌社・2000円+税)

 マルジナリアとは、本の版面の天地左右につくられた余白(マージン)、あるいは余白への書き込みのこと。和書、洋書、写本から刊本まで、古今東西のマルジナリアを蒐集(しゅうしゅう)し、論じたエッセーは、本書が初めてではあるまいか。

 自らも本の余白に書き込みをする人-どころか、(書き込み用の)ペンを持たねば本が読めぬ、と断じる「マルジナリアン」である著者は、そのサンプルとしてまず、自身が学生の頃から幾度も読み返してきた夏目漱石『文学論』(岩波文庫)への、傍線、ハイライト、言葉の意味や要約、疑問点、参照すべき文献についてのメモ、論理展開の図示、といった書き込みを披露する。

 それを見れば誰にでもわかる。本から能(あた)う限り多くをくみ取り、著者と対話し、己の理解を深めるためにこそ、余白が存在していることに。長らく本を汚すことに抵抗のあった私も、本書の基になった連載を読んで以降、書き込み派へと華麗な転向を遂げた口だ。

 それにしても世の本読みたちによるマルジナリアの、何と多様なことか。フランツ・カフカ『変身』英訳版に、その記述から想像される「虫」のスケッチを描いたウラジーミル・ナボコフ。先をとがらせた棒状の筆記具で、紙面をへこませる「角筆」によって奈良~江戸時代の文献に加えられた、「見えない」書き込み。1741年に刊行された「クラヴィーア練習曲集」第4部の初版、いわゆる「ゴルトベルク変奏曲」終末部にバッハ自身が書き込み、現行の楽譜にも反映されている演奏への指示…。

 生まれたての無垢(むく)の本を、真の意味で完成・成熟へと導くのは、実は私たち読者なのだ。

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