勇者の物語

ヤング・ブレーブス 大いに飛躍 虎番疾風録番外編67

「西本道場」で育った阪急の森本
「西本道場」で育った阪急の森本

■勇者の物語(66)

前半戦を46勝28敗1分けで折り返した阪急の勢いは止まらなかった。8月10日には早々と50勝に到達し、12日には優勝マジック「38」が点灯した。

◇9月30日 24回戦 西京極球場

東映 010 001 050=7

阪急 102 001 004x=8

【勝】秋本1勝 【敗】森安15勝15敗

【本】ウインディ⑳(高橋)中田③(田中)

八回に5点を奪われ4-7。マウンドには東映の3番手・森安、19歳。九回の攻撃も石川、ウインディが打ち取られ2死走者なし。ここで森安が乱れた。住友死球、石井晶四球。長池も左手にぶつけられて2死満塁。このチャンスに中田が1-1から左前へタイムリー。1点を返しなお満塁で打者・森本潔を迎えた。

「代打が出る」と森本は思っていた。この打席まで15打席ノーヒット。実は9月22日に実父・林左衛門さんが脳出血で死去し、郷里の愛媛県西条市へ戻ったのは26日の南海戦終了後。精神的にも肉体的にも限界に近かった。だが、西本監督は動かない。

「打たせてもらえるのか」。森本は気持ちを奮い立たせた。そして「西本道場」で学んだことを思い出した。

「低めに手を出したらアカン。監督の口癖や。高めを待とう」。1-1後の3球目、内角高めの直球を叩くと、打球は左中間を破った。次々と走者が生還する。走者一掃の逆転サヨナラ二塁打だ。

「モリ、モリ、よう打った!」。一塁コーチスボックスを飛び出した西本監督が森本に抱きついた。

42年シーズン、勇者の快進撃を支えたのは、この森本や長池ら〝ヤング・ブレーブス〟といわれた若手選手たち。

41年オフ、「信任投票事件」で揺れた秋季練習の最終日、西本監督はルーキーの斎藤喜(よし)に声を掛けた。40年の第1回ドラフトで千葉・習志野高から2位指名で入団した期待の大型内野手である。

「もっとやる気持ちがあるんやったら、オレはいつも出てくるで」

翌日から西宮球場の室内練習場で2人の〝個人練習〟が始まった。

すると「オレも監督に教わりたい」という森本(24)や岡村浩二(26)らが次々に参加。気がつけば、長池(22)や住友平(23)、山口富士男(24)、石井晶(26)ら20代の選手たちで、打撃ケージが取り合いになっていたという。これが『西本道場』の始まりである。(敬称略)

■勇者の物語(68)

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