【湖国の鉄道さんぽ】「鐡道省」の銘板が物語る歴史 京阪石山坂本線(1/2ページ) - 産経ニュース

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湖国の鉄道さんぽ

「鐡道省」の銘板が物語る歴史 京阪石山坂本線

【湖国の鉄道さんぽ】「鐡道省」の銘板が物語る歴史 京阪石山坂本線
【湖国の鉄道さんぽ】「鐡道省」の銘板が物語る歴史 京阪石山坂本線
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 大津の町々を結び、生活路線、観光路線として欠かせない存在の京阪石山坂本線。1913(大正2)年に大津電車軌道が大津(現びわ湖浜大津)-膳所(現膳所本町)で開業したのが始まりで、その歴史は100年以上になる。官設鉄道東海道線として建設された区間を走ったり、規格が異なる車両が線区内で混在したりと、ユニークな成り立ちを持つ石山坂本線だが、沿線を訪ねると、それらを物語る遺物や名残を見つけることができる。

 県警本部の向かいあたり、石山坂本線は短い橋を渡る。湖岸道路沿いから橋を眺めると、明らかに何かがはがされた跡がある。そこには昨年春まで、橋の歴史を示す「銘板」がはめ込まれていた。京阪電鉄によると、経年劣化したため取り外し、現在は同社で大切に保管しているという。

 銘板に刻まれた内容は興味深い。まず目につくのは戦前、国有鉄道などを管理した「鐡道省」の文字。現在のびわ湖浜大津-京阪膳所が、もともとは官設鉄道として建設され、共用していたことを示す。この区間は昭和44年まで、線路幅が異なる京阪と国鉄の両方が走れるよう、レールが3本敷かれた「三線軌条」だった。

 さらに、現在も歴史が続く「日本橋梁株式會社」が「昭和九年」に製作したことも分かる。「酉契橋」という文字は、同社によると、同省の銘板は製作発注(契約)した年を干支で表記するルールがあったといい、この橋は酉年にあたる昭和8年に同省が発注したとみられる。使用した材料のメーカーなども明記されている。