正論10月号

李登輝氏が果たし、遺したもの 産経新聞台北支局長 矢板明夫

2007年5月、松尾芭蕉像(まつおばしょうぞう)の前で自作の俳句(はいく)をひろうする台湾の李登輝・元総統=東京都江東区(AP=共同)
2007年5月、松尾芭蕉像(まつおばしょうぞう)の前で自作の俳句(はいく)をひろうする台湾の李登輝・元総統=東京都江東区(AP=共同)

 ※この記事は、月刊「正論10月号」から転載しました。ご購入はこちらをクリックへ。

 台湾の李登輝元総統が七月三十日、亡くなりました。私が大学生の時に総統だった李氏と作家の司馬?太郎氏の対談を読みました。そのときの新鮮な感動は今でも忘れられません。

 左翼的言説があふれた当時の日本の言論空間のセオリーにならえば李氏は「軍国主義の被害者」でなければなりません。ですが、李氏は決してそうではありませんでした。「台湾に生まれた悲哀」を説きながらも中国や韓国の指導者のように日本を糾弾したりはしなかったのです。日本が台湾統治時代に行った良かった面についても公正な目で評価していました。

 「日本の教育で学んだ奉公精神が素晴らしかった」と日本の台湾統治への賛辞もありました。李氏は、日本の持っている価値観に対して、もっと自信を持つようエールを送り、戦前に学んだ「教育勅語」や「武士道」「勤勉、自己犠牲、責任感などの日本精神」の強みを堂々と説いたのです。目が覚める思いがしました。

 私だけではありません。多くの日本人が李氏の文章を日本への応援メッセージ、日本人への励ましと感じたのでしょう。李登輝ファンは増えていきました。

 李氏の逝去を受けて大使館に相当する東京都港区の「台北経済文化代表処」には献花台が設けられ、そこには長蛇の列ができたそうです。

 記帳には四日間で四千人が訪れました。一般の庶民レベルまで、本当にたくさんの人が詰めかけたのです。日本での李登輝人気が高いことを物語る光景で、私はそれを台湾のテレビニュースで知りました。

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