【100年の森 明治神宮物語】震災 東京炎上、被災者に開放された外苑(1/2ページ) - 産経ニュース

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100年の森 明治神宮物語

震災 東京炎上、被災者に開放された外苑

【100年の森 明治神宮物語】震災 東京炎上、被災者に開放された外苑
【100年の森 明治神宮物語】震災 東京炎上、被災者に開放された外苑
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 大正12年9月1日の明治神宮社務日誌に、関東大震災の記述がある。

 「午前十一時五十八分一大強震アリ、殿舎樹木其他動揺甚シク歩行困難、以後間断ナク大小ノ餘震」。鎮座3年に満たない社殿に目立った被害はなかった。しかし、東京は翌日にかけて、東側の下町を中心に火の海となった。

 「東京市殆(ほとん)ト焼ク、今尚(なお)炎々タリ」。2日の社務日誌はそう記し、「午後東京、神奈川ニ戒厳令ヲ布カル」「臨時震災救護事務局官制発布セラル 同時ニ明治神宮外苑工事無期延期ト成リ同職員全部ハ挙ケテ事務局職員トナル」と事態を伝える。

 死者・行方不明者は10万5千人以上。建設途中だった外苑の工事は延期され、外苑敷地は憲法記念館を除いて被災者に開放された。聖徳(せいとく)記念絵画館の予定地では、建設用の足場を撤去してバラックが建設され、6400人余りが収容された。

幻の「国史図書館」

 主要施設は難を逃れたが、麹町区にあった明治神宮奉賛会事務所は1日夜に炎上。「尽力ノ甲斐ナク書類器物全部焼失」し、伊藤公爵家から寄付された「和漢洋書籍 約二千種」なども失われた(「明治神宮奉賛会通信」12年12月発行)。

 この焼失が、憲法記念館を使った「国史図書館構想」を頓挫させた可能性があることを、今泉宜子・明治神宮国際神道文化研究所主任研究員の「明治神宮 『伝統』を創った大プロジェクト」は指摘している。