勇者の物語

最年少4番打者 「師匠」スペンサーのおかげ 虎番疾風録番外編61

ホームランを放った長池(3)を迎える西本監督(右)
ホームランを放った長池(3)を迎える西本監督(右)

■勇者の物語(60)

昭和42年シーズンが幕を開けた。4月8日、開幕戦の東映1回戦(後楽園)で、西本監督は長池を「4番・センター」で起用した。その年の12球団〝最年少〟4番打者の誕生である。

各球団の開幕「4番打者」をご紹介しよう。

【パ・リーグ】

阪  急 長池 徳二  外 23歳2カ月

東  映 張本  勲  外 26歳

南  海 野村 克也  捕 31歳

西  鉄 トニー・ロイ 内 39歳

東  京 井石 礼司  外 24歳

近  鉄 土井 正博  外 23歳5カ月

【セ・リーグ】

巨  人 長嶋 茂雄  内 31歳

阪  神 山内 一弘  外 34歳

広  島 興津 達雄  内 30歳

中  日 江藤 慎一  外 29歳

大  洋 桑田  武  内 30歳

サンケイ D・ロバーツ 外 33歳

「うれしかった。青田さんもキャンプのときから〝ことしのイケは25本はホームラン打ちよる〟といってくれてたしね。でも、オレが本当に〝4番打者〟になれたのはスペンサーのおかげ。彼がオレを育ててくれたんだよ」

長池はけっして器用な打者ではない。狙うのはいつも内角球。そのため、外角へ流れる変化球を引っ張って併殺になるケースも多かった。そんなときに声をかけてくれたのが3番を打ったスペンサー。4月30日の東京3回戦からコンビを組んだ。

「併殺なんて気にするな。舞台はオレが作ってやるから、お前は好きなように打てばいい」

舞台を作る? 長池は首をひねった。スペンサーの〝舞台作り〟はすさまじかった。一塁走者に出たときは、二塁へ猛烈なスライディングを敢行、内野手を吹っ飛ばして併殺を防ぐ。そして走者が一塁にいるときには、必ず進塁打を打って走者を進めた。

「ベンチに戻るとき、よくオレのお尻をポンと叩いて〝あのランナーを返すのはお前の仕事〟って笑ってた。凄いバッターだったよ」

長池がスペンサーを「師匠」と仰ぐもう一つの理由があった。それが、『スペンサー・ノート』である。

スペンサーはベンチに座っているとき、いつも小さなノートを見ていた。ときには何か書き込んでいる。長池は気になった。そしてある日、通訳に聞いた。

「ノートに何が書いてあるねん?」(敬称略)

■勇者の物語(62)

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