話の肖像画

楊海英(19)大草原のフィールドワーク

天山山脈にある古代帝国「突厥(とっけつ)」の碑文前にて。左から松原正毅氏、本人、堀直氏、浜田正美氏、林俊雄氏 =1992年夏、中国新疆ウイグル自治区
天山山脈にある古代帝国「突厥(とっけつ)」の碑文前にて。左から松原正毅氏、本人、堀直氏、浜田正美氏、林俊雄氏 =1992年夏、中国新疆ウイグル自治区

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《博士論文のため、どこでフィールドワークをするか。悩んでいたとき、ある人物から声をかけられた》

国立民族学博物館(民博)教授で遊牧社会論を専攻していた松原正毅(まさたけ)さんです。松原さんは企画した「アルタイ・天山における遊牧の歴史の歴史民族学的研究」が、文部省(当時)の平成3(1991)年度科学研究費補助金(科研費)に決まっていました。91年春から3年間にわたり、中国新疆ウイグル自治区やカザフスタンなどで現地調査を行うという巨大プロジェクトです。その松原さんになぜか呼び出され、「お前、一緒に来ないか」と言われた。科研費といった国の大きな調査に、まだ民博の大学院生だった私が参加できるとは思ってもみないことです。

当惑しながら聞いてみると、調査隊の通訳として下調査から松原さんに同行し、ひと段落したら自分の博士論文のテーマである内モンゴルに行って調査をしてみれば、という提案でした。「いろんな先生からフィールドワークの方法も学べるよ」と松原さん。大学院生にとって天から舞い降りたような大チャンス、ふたつ返事で快諾しました。当時の中国は民主化運動を武力弾圧した天安門事件によって、西側諸国から制裁を受けており、孤立していました。国際社会にいい顔をして、制裁を解除してもらうため、日本の学術調査隊を受け入れたかったのでしょう。翌92年10月には天皇陛下が訪中されました。一連の日本への厚遇の一つがこの調査隊の受け入れだったのです。

《91年春、日本を出発した。松原教授と2人、中央アジアの大草原で、遊牧民たちと行動をともにする日々が始まった》

天山山脈、アルタイ山脈と草原をまわり、天幕で生活しながら家畜を追って移動するという、昔ながらの遊牧生活を送っているウイグル人やカザフ人、モンゴル人たちの下調査を行いました。こうした遊牧民に対し、松原さんのフィールドワークは驚きの連続でしたね。いきなり会ったはずなのに、すぐ遊牧民の家族と親しくなるのです。

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