「世界的にも極めて厳しいレベルで定めた解除基準を、全国的にクリアしたと判断した」
安倍晋三首相は5月25日、首相官邸での記者会見で新型コロナウイルスの感染拡大に伴う緊急事態宣言の全面解除を宣言した。
そのころ全国の新規感染者が50人を下回り、一時は1万人近くいた入院患者も2000人程度まで減った。政府は21日に大阪、京都、兵庫の3府県で宣言を解除。残る東京、神奈川、千葉、埼玉の4都県と北海道でも感染拡大は抑えられたとして、諮問委員会の了承を得て、31日の期限を待たず解除に踏み切った。
欧米諸国のように「ロックダウン(都市封鎖)」を強制できず、外出自粛と休業要請への理解を求めてきた安倍首相は「まさに日本モデルの力を示した」と胸を張った。
「やっと」「まだ早い」-。国民の受け止め方は分かれたが、経済の悪化が政府内にあった早期解除への慎重論も封じ込んだ形だ。
安倍首相は「わずか1カ月半で流行をほぼ収束できた」と自己評価したが、それは感染の第2波を防ぎつつ教育や経済活動を再開していくという新たな戦いの始まりにすぎなかった。
「9月入学」の導入議論が浮上
新型コロナウイルス感染拡大に伴う緊急事態宣言がやっと全面解除されたが、この間に社会ではさまざまなひずみが顕在化し、生活への不安が表出してきた。
教育面では学習格差や家庭への支援が問題となる中、政府は5月19日、困窮学生に対し最大20万円の現金給付を閣議決定した。
欧米などで一般的な「9月入学」の導入論議も浮上した。コロナ禍による休校という弊害を教育システムの改革につなげる発想で、文部科学省は19日、小学新1年生の9月入学を想定した案を関係省庁の事務次官らに提示。吉村洋文大阪府知事など発信力のある首長も導入を促す一方、教育現場では「かえって混乱する」と反発が広がった。
休校は学生スポーツにも影を落とした。日本高野連が20日、「感染リスクを排除できない」として、夏の風物詩である全国高校野球選手権大会の中止(戦後初)を決断。春の選抜大会に続き、大舞台の夢を奪われた球児が涙にくれた。
その一方で、緊急事態宣言が全面解除された25日、間髪を入れずにプロ野球が動いた。セ・パ両リーグの公式戦を当面は無観客だが6月19日に開幕させると発表。斉藤惇コミッショナーは「外出できない皆さんにスポーツの力で元気を与えたい」と意気込んだ。
日銀、30兆円規模の資金供給策導入を決定
しかし、国内経済は休業要請の影響などで激しく損耗していた。5月22日に発表された4月の全国百貨店売上高は前年同月比72.8%減で、統計を始めた昭和40年以降で最大の減少率となった。
日本銀行も22日、中小企業などの資金繰りを支援する30兆円規模の資金供給策を6月に導入することを決定。信金中央金庫は20日、中小企業に出資する基金を設ける計画を表明し、柴田弘之理事長は「時間との勝負だ」と危機感を訴えた。
自粛生活のストレスの鬱積(うっせき)や経済の先行きへの不安も影響してか、ネット上の攻撃的な投稿が増える中、テレビ番組「テラスハウス」に出演していた女子プロレスラーの木村花さんが23日、急死。SNS(会員制交流サイト)での誹謗(ひぼう)中傷が引き金とみられ、発信者の特定などに関する規制論議が高まった。
不祥事への国民の視線も厳しく、政府は22日、緊急事態宣言下で記者らと賭けマージャンをしていた問題で黒川弘務東京高検検事長の引責辞職を承認した。
5月22日 中国が香港に国安法導入方針
感染拡大が止まらない米国でも、自粛の鬱憤がたまる中で別の危機が芽を出した。ミネソタ州ミネアポリスで25日、黒人男性が白人警官に首を押さえつけられて死亡した事件だ。コロナ禍がもたらす不安は黒人差別への抗議活動という形で燃え上がり、一部で暴動化。人々は全米各地の街頭に集まり、「ブラック・ライブズ・マター(黒人の命は大切)」の声を上げた。
新型コロナ対応に追われる国際社会の混乱を横目に、中国の全国人民代表大会(全人代)は22日、香港に国家安全法制を導入する方針を打ち出した。香港の民主派を弾圧するために「一国二制度」を骨抜きにする姿勢を鮮明にしたが、それまで外出を自粛していた香港市民ら数千人による抗議デモが24日に起き、習近平政権を強く批判した。
世界では、安倍晋三首相が宣言した「収束」には程遠かった。ブラジルなどで感染が拡大し、22日には世界保健機関(WHO)が「南米が新たな震源地になった」と警告を発した。
(10)2020年5月11日~ 減る感染者、緊急事態解除へ動く
(12)2020年5月26日~ 手探りの経済再開、長期戦も覚悟