楽曲をパートごとに分解する「音源分離技術」はクリエイターの夢か、著作権の悪夢か

AIに「聴かせる」ために

DeezerはSpotifyに似た音楽ストリーミングサービスで、主にフランスで人気がある。プロデューサーやDJ向けにツールを提供する事業を展開しているわけではないのに、なぜ自社のリソースをSpleeterの開発に向けたのだろうか?

その答えを手短に言うと、データだ。Spleeterによって分離されたステムは、人間ではなく別のソフトウェアに「聴かせる」ことを意図している。

例えば、ある楽曲からリードボーカルだけを抽出できれば、歌詞の文字起こしプログラムの作業も楽になり、歌詞の表示が簡単になる。あるいは、ある楽曲のテンポやジャンル、ムード、リズムによって雰囲気を決める要素を音源分離で抽出できれば、アルゴリズムがR.E.M.の「Everybody Hurts」をワークアウト用のプレイリストに選ぶこともなくなる。週末の朝のリラックス用プレイリストがデスメタルで埋まることもない。

「いまのところ、Spleeterは研究目的でしか使われていません」と、Deezerで最高データ研究責任者を務めるオレリアン・エローは言う。「その目的は当然、研究で得られた知見を生かしてDeezerのサービスを向上させることです。Deezerが提供する音楽のラインナップを整理したり、ユーザーによりよい音楽や演奏をリコメンドしたりできるシステムがつくれるかもしれません」

Deezerは、Spleeterを使った単独製品としてカラオケアプリも構築したが、これは2019年にフランスで短期間のみ公開されただけだ。「この時点で商品化できる段階にはなく、いまはもう公開していません」と、エローは言う。「コンテンツを必要とする新しいアプリケーションは何であれ、当然ながら著作権保有者と協議する必要があります」

技術の進歩に後れをとる法律

著作権のあるデータに音源分離技術を使うと、ストリーミングサービス側に法的な問題が生じる可能性があると、弁護士のドナルド・ザカリンは言う。ザカリンは三大メジャーレコード会社すべてで弁護人を務めた経験をもつ、知的財産権専門の弁護士だ。

ザカリンいわく、音源分離によるステムの生成は「二次創作物」の作成とみなされる可能性がある。これはレコード会社とストリーミングサービスの間で交わされているライセンス合意には含まれていないことが多いという。なお、Deezerのレコード会社とのライセンス合意には二次創作物についての条項はないと、同社の担当者は言う。

とはいえ、二次創作物を生成しただけで販売もせず、一般に発表もしていない場合に問題になるかどうかは明確ではない。Deezerは、Spleeterで分離したステムを視聴者に公開しているわけではなく、自社サービス向上のために社内で活用しているだけだ。この先、利益が出るかどうかもわかっていない。

例えば、あなたがミュージシャンかレコード会社の幹部だったとしよう。自分の楽曲が音源分離技術で分離され、曲のリコメンド用のアルゴリズムの訓練に使われたとする。その結果、最終的に自分の曲がもっと再生されるようになったら、それを問題だとは思わないだろう。

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