楽曲をパートごとに分解する「音源分離技術」はクリエイターの夢か、著作権の悪夢か

IMAGE BY DREW LITOWITZ
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 ひとつの音源をボーカルやベースといったパート別に分解する「音源分離技術」が、一般ユーザー向けにも提供されるようになった。この技術は人工知能(AI)の訓練やアーティストによる楽曲制作に応用される一方で、著作権侵害のリスクなどさまざまな問題もはらんでいる。

TEXT BY NOAH YOO

TRANSLATION BY MASUMI HODGSON/TRANNET

楽曲のなかで楽器やボーカルといったあらゆるパートが何をしているのか、詳細まで分解して聴けることを想像してみてほしい。楽曲のファイルをアップロードすると、ほんの数分でブルース・スプリングスティーンの「Born to Run(明日なき暴走)」といった曲がパートごとに分解されるのだ。

すると、それぞれのプレイヤーの腕前がはっきりと浮き彫りになってくる。スプリングスティーンのボーカルパートでは、つぶやきやうめき声が聞こえてくる。ゲイリー・タレントの掻き立てるようなベースライン、クラレンス・クレモンズによる熱狂のサックス・ソロ、そしてダニー・フェデリシによるあの印象的なグロッケンシュピール(鉄琴の一種)の演奏もだ。

それが音楽ストリーミングサービス「Deezer」が昨年発表した無料のオープンソースAI(人工知能)ツール「Spleeter」の機能である。Spleeterは「音源分離」というプロセスによって、どんな曲のオーディオファイルも楽器の種類やグループごとの4つのステムデータに分離する。

楽曲や楽器によって分離の精度はまちまちで、分離されたベースやドラムのステムはぼやけたり歪んだりする傾向がある。だが、ボーカルの分離はよくできる。パート数が少なければ、なおいい。

音源分離の夢と地雷

音源分離は、音源アーカイヴを担うエンジニアや熱狂的なリスナー、DJ、そして自分の楽曲にサンプル素材を使うミュージシャンたちにとって長年の夢だった。

Spleeter以前にもこの夢を実現したツールはあり、このツールのクオリティが完璧とも言えない。だが、Spleeterは一般に向けてリリースされた最も手に入りやすい音源分離ソフトウェアと言えるだろう。操作には多少のプログラミングの知識が必要になる。だがオープンソースであることから、第三者がSpleeterを使ってユーザーフレンドリーな分離ソフトウェアを作成できるのも特徴だ。

一方で、このツールは知的財産権という名の地雷を踏む可能性がある。DJや音楽プロデューサーたちが、サンプリングとは比べものにならないほど高精度かつ柔軟な方法で、著作権がある音楽の断片を再利用できるようになるからだ。しかも、やすやすと発覚することもない(「Born to Run」のベースラインだけ細切れにされて別のカントリーソングに収まっていたとしたら、あなたはそれに気づけるだろうか?)。

個人使用の範疇で言えば、これが表面上このツールの最大の魅力でもある。どんな楽曲でも、あるパートを抽出して別の楽曲のパートに再利用できるのだ。

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