新型コロナウイルスの影響が広がる中、群馬県富岡市で今夏、映画「女たち」(来年全国公開予定、内田伸輝監督)の撮影が行われた。主演は子供の頃から群馬とゆかりがあり、高崎映画祭での受賞歴もある女優、篠原ゆき子さん(39)。自然が豊かな環境で地元の協力を得て撮影を乗り切った。「重要な仕事に関わり、応援してもらっている気がします」と、群馬との絆に感謝した。
演じる主人公・美咲はバブル崩壊後の就職氷河期などに直面した「ロスジェネ世代」。コロナ禍の中、自立への道を探る。
撮影は7月中旬の約10日間、ふれあいパーク岡成やJA甘楽富岡ファミリー食彩館本店、庭谷クリニックなどで行われた。こまめに消毒や検温を行い、スタッフはマスクやフェースシールドを装着。出演者もリハーサル時は同様だった。
「集中しなければいけない芝居でいっぱい、いっぱいの状態だと、正直煩わしいと思うこともあるけど、安全第一です」
地元では郷土料理「おっきりこみ」などで歓迎された。美咲が仕事を手伝う親友・香織(倉科カナさん)の養蜂園のシーンは黒沢養蜂で撮影。プロから指導を受けた。
「最初、ミツバチは怖かったけど、体が丸くて小さくて、毛が生えていて。かわいいと思えるようになりました」。妙義スカイパークでの撮影では「野生のキツネや蛭がいて。景色が壮大できれいでした」。
群馬県中之条町には祖父の実家があり、子供の頃、よく遊びに行っていた。
「記憶の片隅に、ネギ畑の風景があって。親戚がフキノトウを練り込んだお焼きを送ってくれて、家族で争奪戦になっていた」。初参加した映画祭も同町の伊参スタジオ映画祭だった。
かつてはモデル事務所に所属し、女優の仕事に憧れていたが、「20代半ばまでは入り口すらわからない状況だった」。高崎市や前橋市で撮影された青春映画「リンダ リンダ リンダ」などで知られる山下敦弘監督のワークショップに参加したのがきっかけで、演技への意欲が高まった。
芥川賞作家・田中慎弥さんの同名小説を映画化した「共喰い」(平成25年、青山真治監督)では主人公の少年の父の愛人を妖艶に演じ、第28回高崎映画祭最優秀新進女優賞に輝いた。
コロナ禍の影響で、今年5月の予定だった別の主演映画「ミセス・ノイズィ」(天野千尋監督)の公開が延期。一方で、演技への姿勢を見直すこともできた。
「普段なら友人の役者に稽古の相手をしてもらったり、シーンの目的を解析したりするけど、今回は初めて流れに身をまかせてみようと思いました」
撮影前に、東京都内の広い室内で間隔を空けて、美咲が介護し、感情をぶつけ合う母・美津子役の高畑淳子さんと台本の読み合わせをした経験も大きかった。
「首脳会談をしているみたいで(笑)。高畑さんの迫力が想像を超えていた。頭で考えても太刀打ちできないと思いました」
内田監督作品は、東京電力福島第1原発事故をモチーフにした「おだやかな日常」(24年)で放射性物質におびえ、孤立感を深める女性を演じて以来だ。
オンラインミーティングなどで打ち合わせをして作り上げた美咲の人物像は「人とつながりを求め、諦めず生きようとしているところに共感できる」。
監督は「台本はガイドブックと思って、自由に演じて」と言ってくれた。「いろいろなシーンでいろいろな方と経験ができれば、何とかなると思いました」。共演者に支えられ、充実感に満ちた表情で話した。
(宇野貴文)
◇
しのはら・ゆきこ 昭和56年生まれ、神奈川県出身。山下敦弘監督の短編映画「中学生日記」(平成17年)で女優デビュー。三浦大輔さん主宰の劇団ポツドールの舞台「おしまいのとき」(23年)で主演。映画「共喰い」(25年)で第28回高崎映画祭最優秀新進女優賞。映画では「二重生活」「湯を沸かすほどの熱い愛」(ともに28年)などに出演。7月に「銃 2020」が公開。「ミセス・ノイズィ」が近日、「罪の声」も10月30日公開予定。