話の肖像画

楊海英(9)文革を生き延びた先生と

《文革を生き延びた教師たちはしたたかで、魅力的だった》

とにかく文革の生き残りの先生は、あの革命的群衆の激しい批判に耐えてきた大人なので、感情的にならず、骨があった。尊敬してましたね。それに比べて、中華人民共和国時代に生まれ、文革で批判された経験のない若い先生にはだらしがない人が多い。何をしゃべっているのか、よくわからないし、言っていることをすぐ変えてしまう。そんな先生が教科担任になると、私は交代を求め、先頭にたって授業ボイコットを決行しました。教室にカギをかけて、先生を入れないようにする。若い先生が校長に泣きつき、事情を聴きにきた校長に「僕たちの受験がかかっている。あの先生を代えてほしい」と訴える。校長も文革の生き残りで事情を察してくれ、ベテランの先生に代えてくれました。

文革をくぐり抜けた先生たちはとても魅力的でした。例えば歴史の先生なのですが、教科書に「中国共産党が全国民をリードして、抗日戦争の勝利を勝ち取った」とある部分で、「中国軍が日本軍と戦って勝ったんだよ」と話しながらなぜかニヤニヤしている。そこで「中国軍とは共産党の八路軍なの、国民党軍なの」と質問すると、「八路軍だよ」と答え、あとは察してくれといわんばかりにまたニヤリとする。あえて口にせずに教科書の嘘を教えてくれる先生でしたが、文革で傷つけられた足を引きずっていました。

《食堂改善のハンストでも陣頭指揮をとった》

高校に入るとようやく1日3食、食べることができるようになりましたが、寮の食事がおいしくない。固まりにくいトウモロコシの粉で作ったウドンにはとんでもない添加物が使われていたと思います。料理に肉が入っていると思ったら、白菜漬けに入り込んだネズミがそのまま調理されただけで、尻尾とかも入っている。「こんなもん、食えるか」とハンストを決行しました。それ以降、食堂側が妥協して肉料理が出るようになりましたが、要するに誰かが食費をピンハネしていたんですね。(聞き手 大野正利)

(10)へ進む

会員限定記事会員サービス詳細