話の肖像画

楊海英(8)地下文学…覚悟の批判集会

《この事件で、学校は批判集会を開いた》

全校集会が開かれました。文革時代の批判闘争と同じように、罪状を読み上げられ、全員からつるし上げられました。しかし私の罪状は「ものを盗んだ」で、何を盗んだのかは伏せたまま。おそらく所有者である先生に配慮したのでしょう。先生が地下文学をもっていたと発覚すれば、その制裁は私の比ではないでしょうから。私が糾弾されている間、その先生の顔は真っ青で、子供心に「これは言ってはいけないことだ」と覚悟を決めました。同じ集会では、教室の窓ガラスを盗んだ漢人の子がいっしょに批判されましたが、その子は盗んだ窓ガラスを持って糾弾を受けていました。いっしょに並んでいたのですが、こっちは手ぶらのうえ、話せないこともある。その子がうらやましかったですね。その子の家は貧しくて窓がなく、どうしても教室の窓ガラスを持って帰り、両親にプレゼントしたかったとのこと。切ない話です。

1990年代にオルドスのモンゴル寺で現地調査をしていたとき、観光に来ていたその子とばったり会いました。「お互い、あのときは大変だったなあ」と語り合いましたが、立派な農民となって子供もいると聞き、2人とも厳しい時代を生き延びたんだなと実感しましたね。(聞き手 大野正利)

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