話の肖像画

楊海英(8)地下文学…覚悟の批判集会

中学の卒業写真。最後列の左から6人目が本人
中学の卒業写真。最後列の左から6人目が本人

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《中学に入学した1976年、毛沢東の死去によって中国全土に吹き荒れた文化大革命(文革)が終結した。しかし故郷・内モンゴル自治区にはまだ文革の余韻が残っていた》

知識人の排除も目的だった文革では、読書も出版も共産党のプロパガンダ以外は禁止されていました。本を持っているだけで批判闘争に引きずり出され、糾弾される時代だったのです。しかしこうした状況でも、本からいろいろなことを知りたいという人々の欲望を抑えることは不可能でした。あの厳しい時代でも、ノートや日記帳のようなものに手書きされた「地下出版物」がひそかにやり取りされていたのです。中学生だった私も、地下出版物に触れる機会がありました。それは恋愛小説で「地下文学」とされるものです。

初めて手にした地下文学は、日記帳に手書きでびっしりと男女のロマンスが描かれ、刺激的過ぎました。恋愛禁止だったこともあり、同級生と夜、寮で回し読みして、「男が女を好きになるのはそういうことなのか」とか、「女も男を好きになるんだ」とか、「一体これはいいことなのか」といった意見を交わしました。とにかく夢中で読みましたね。

《こうしたなか、同級生の机に地下文学があることを知る。友人の要望もあり、この地下文学を同級生の机から無断で拝借した。この同級生の父は通っている中学校の先生だった》

ある日、彼の机の引き出しからこっそりと拝借したのです。気づかれないうちに返そうと思ったのですが、すぐバレてしまいました。この地下文学はこれまでにないような大人びた内容で、所有者は間違いなく、息子でなくて父親である先生だったのでしょう。

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