勇者の物語

「米田は阪急を愛している。私も米田を愛している」 虎番疾風録番外編48

緊急会見を開き、米田の放出を否定した阪急・小林米三オーナー=昭和41年1月14日
緊急会見を開き、米田の放出を否定した阪急・小林米三オーナー=昭和41年1月14日

■勇者の物語(47)

<鶴の一声>を辞書で引くと「結論をあっさりと下す権力のある一言。反対意見にも有無を言わさない権力者の意見、決断を指す」とある。

岡野球団社長が東京から帰阪した1月14日、まさにその〝鶴の一声〟が下った。午後3時から大阪・梅田の球団事務所で、異例のオーナーの緊急記者会見が行われ、米田の巨人トレードをきっぱりと否定したのである。

当時、オーナーを務めていたのは小林米三。創業者・一三の三男である。

「米田君のことがいろいろ取り沙汰され大きな問題になっているのに驚いた。巨人の正力さんからトレードを申し込まれたと聞くが、岡野君はなぜ、その場で断らなかったのか。阪急が米田を出す意思など毛頭ないことくらい、岡野君もよく知っているはずだ」

先輩記者たちから伝え聞いたことだが、当時の小林は口調は優しいが相当、怒っていたという。もちろん、岡野社長にも言い分はあった。

「米田は出せないと巨人にいったんですよ、私は…。すると正力さんが〝トレードは6月までできることだし、小林オーナーにも頼んでいるから、よろしく〟とおっしゃる。即答でお断りしようと思ったが、オーナー同士どんな話が出たのか分からなかったので、いったん、帰阪して…ということにしたわけです」

なるほど、実にサラリーマンらしい思考である。だが、小林オーナーはそれも不満だった。

「帰阪して私に相談してから-などとつまらぬことを言っているから、話がややこしくなったんだ。オーナー会議に出席したときに正力さんから〝よろしく〟と言われたけれど、まさか米田のこととは思わなかった。米田を指定されていたら、ボクの口から即刻、断っている。こういう問題は阪急ファンに対して申し訳ない。ここで〝米田は出さない〟ということを言明します」

10年目のボーナスについても、再考を検討。「押し付けるのではなく、双方が妥協できる点を見いだして円満に解決したい」とした。そして、最後にこう付け加えた。

『米田は阪急を愛している。私も米田を愛している。気持ちの上でなんら支障はない』

創業者・一三の息子だから言える大きな言葉だった。(敬称略)

■勇者の物語(49)

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