話の肖像画

楊海英(6)貴重な「禁書」悪友と取引

小学生のころ、父、バヤンドルジさん(左)と母方の叔父(右)と
小学生のころ、父、バヤンドルジさん(左)と母方の叔父(右)と

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《中国全土で粛清の嵐が吹き荒れた文化大革命(文革)が始まったのが2歳のとき。故郷・内モンゴル自治区は死者約2万8千人ともいわれる惨劇に見舞われ、自身の家族も全財産を失った。文革が続いていた1972年、小学校に入学した》

父が打倒すべき搾取(さくしゅ)階級の「黒い人間」とされたため、小学校には他の人より遅れて8歳で入学しました。そして2年生のとき、変わった同級生に出会ったのです。メルゲンチョクトというケンカが強い、生意気で面白いヤツでした。何を差し置いてもびっくりしたのは、「オレの家には『三国志演義』の絵本全巻がそろってるんだぜ」と自慢していたことです。

文革の批判闘争で生産大隊幹部に私の家は荒らされ、書物はもちろん、布団を除く全財産が没収となりました。文革では知識人も粛清すべき対象となり、読書するのも本を持つことも禁止で、三国志演義や水滸伝といった古典すら禁書となっていました。ところが、メルゲンチョクトの家には本があった。

《読書への欲望か、批判闘争の恐ろしさか。ためらう日が始まった》

メルゲンチョクトに見せてもらったのは「小児書(しょうにしょ)」といわれる子供向け絵本でした。開いてみると物語とともに張飛や関羽らが躍動している絵まで描かれている。「水滸伝も西遊記もあるぜ」「孫悟空もいるよ」とあおられ、もう読みたくて、読みたくて。しかし本は持っているだけでも批判闘争に引きずり出され、革命的群衆に何をされるか分からない。それでも好奇心が勝ち、「おい、貸せよ」と頼むと、「タダじゃ、ダメだね」。メルゲンチョクトとはモンゴル語で「賢い炎」の意味で、名前の通り、ずる賢いヤツでした。

その後、私がお小遣いから抜いた一角紙幣1枚を学校でこっそり渡し、「じゃあ、今日はこの本」と渡される日々が始まりました。取引は2年間ほど続きましたが、なぜか先生にバレてしまった。校長室に連行されていくメルゲンチョクトを見て、「これは大変なことになったな」と覚悟を決めましたが、しばらくして彼は平然と帰ってきた。「おい、どうなったんだ」「うん、先生が『俺にも貸してくれ』って」。みんな本を読みたかったんですね。

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