一聞百見

上方歌舞伎 わが道、わが使命 歌舞伎俳優・片岡千壽さん

もうひとつ、千壽さんがつねに心掛けているのは、相手役の立役に求められる女形であることだ。「立役の俳優さんに『いとおしいな』『守ってあげたい』と思われるようないじらしさが必要なのだと思います」

上方の芝居に出てくる遊女は、「封印切」の梅川にしても「河庄(かわしょう)」の小春にしても、愛にいちずで運命に耐え忍ぶ役どころが多い。「旦那の梅川や小春は、じっとしている形の中に、何とも言えないかわいらしさ、いじらしさがあって、それが私にとっての上方の女形像。私なんかが同じ形をしても、なかなかできるものじゃないですが」

上方の女形にこだわり続ける。それが生きる道だ。

■人間くささに上方の血

歌舞伎俳優になって20年余。当初は上方歌舞伎の意味すら知らなかった。それがいまや、「それが自分たちが歌舞伎界にいる意味」というほどに上方歌舞伎にこだわる。「東京公演が続くと、つい東京弁をしゃべってしまう仲間もいる。そんなときは『どないしましたん。気持ち悪いでっせ』って注意し合うんですよ」

稽古着の帯の結び方ひとつとっても江戸と上方では異なる。「この結び方で上方の役者やってわかるんです。上方役者のマークみたいなもんですね。東京に行っても、『どや、上方やぞ』って胸張ってます」

いま、「封印切」や「曽根崎心中」など大坂の花街を舞台にした芝居に仲居役や遊女役で千壽さんらが出演すると、一言も発しなくても、舞台に上方のはんなりした気配が立ち込める。「ここは大阪や」としみじみ感じさせてくれる。「上方のお芝居って、やさ男がいて、花街のおかみさんが出てきて、ぽんぽんぽんぽん、やりとりをする。こんな楽しいの、ないですよね。『色男、金と力はなかりけり』っていいますけど、上方のお芝居は人間くさい。二枚目のいい男にも弱いところがあるし、いちびりも出てくる。演じたり見たりしていますと、自分のなかの上方の血を感じるんです」

平成24年、名題(なだい)に昇進。京の師走の風物詩、南座の顔見世では、劇場正面に名前が書かれたまねきが上がるようになった。近年、卓越した芝居センスと実力が見込まれ、片岡愛之助さんが座頭を勤める「永楽館歌舞伎」で、「輝虎配膳(てるとらはいぜん)」の女形の大役、唐衣(からぎぬ)に抜擢(ばってき)されたり、夏の勉強会「上方歌舞伎会」では「伊勢音頭恋寝刃(いせおんどこいのねたば)」の万野(まんの)など女形の大役にも次々挑み成果を上げている。だが、普段の大歌舞伎の公演では大役を演じる機会はなかなかない。歌舞伎は家柄がものをいう世界だからだ。

「上方歌舞伎塾を卒塾する前、講師の市川青虎(せいこ)先生(故人、歌舞伎俳優)に1期生が稽古場に集められ、『ほんまに歌舞伎役者になるんか』って改めて聞かれたんです」

「なります」と即答すると、青虎さんは「ええことばかりと違うぞ。ええ役ばかりでけへんし、そういうことも全部わかってるんか」と念押しした。「そのときは何を言うてはるのか、わかりませんでした。でも歌舞伎俳優になってしばらくして気付くんです。厳しい世界だと。青虎さんは本当のことを言ってくださった。厳しい方でしたが、卒塾のときは私たち全員に稽古帯を贈ってくださいました。そういう方でした」

関西の歌舞伎界は昔から実力主義の側面があった。実力があれば大きな名跡を襲名したり大役に抜擢されたりもする。「それでもやはり簡単な世界ではありません。それは重々承知しています。でも、そのなかでも楽しみはいっぱいあります。何より歌舞伎が大好きですから」

千壽さんら上方歌舞伎塾の卒塾生が中心となって年に1度開催している公演がある。「あべの歌舞伎 晴の会」。今年も8月20日から23日まで大阪・阿倍野の近鉄アート館で行われる。演目は、上方落語をもとにした喜劇「浮世咄一夜仇討(うきよばなしひとよのあだうち)」。千壽さんは、女中いさきなど2役で奮闘する。

「明るいお芝居ですから、このご時世、つらいことを少しでも忘れていただけるような舞台にしたい」。そう言いつつ、「自粛期間中、気持ちが沈んだこともありました。でも気がつくと、声が出るかなあとか、女形の衣装着れるかなあとか、歌舞伎のことばかり考えているんです」。

童顔の奥に意志の力が見える。それは上方歌舞伎を継承していこうとする強い覚悟である。

【プロフィル】かたおか・せんじゅ 昭和56年、兵庫県明石市生まれ。平成11年、「松竹上方歌舞伎塾」1期生修了。同年、大阪松竹座「仮名手本忠臣蔵(かなでほんちゅうしんぐら)」で初舞台。後に人間国宝となる片岡秀太郎に入門し、片岡千壽郎(せんじゅうろう)を名乗る。24年、京都・南座「廓文章(くるわぶんしょう)」の仲居およしで片岡千壽と改名、名題昇進。26年、上方歌舞伎塾の同期、片岡松十郎、片岡千次郎らと「あべの歌舞伎 晴の会」を結成、毎年8月、大阪・阿倍野の近鉄アート館で公演を行っている。日本俳優協会賞奨励賞、咲くやこの花賞、大阪文化祭賞奨励賞など。

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