戦後75年

生き残った祖父「奇跡」の証 ガダルカナル島から生還した元日本兵の日章旗、米から返還へ 

歩兵第124連隊の隊員としてガダルカナル島で戦い、生還した岩本広幸さんの入営記念に親族や友人が寄せ書きした日章旗。「祝入営 岩本広幸君」の文字が読める。同級生からは「無敵皇軍」のメッセージが寄せられていた=サンドラ・マッコールさん提供
歩兵第124連隊の隊員としてガダルカナル島で戦い、生還した岩本広幸さんの入営記念に親族や友人が寄せ書きした日章旗。「祝入営 岩本広幸君」の文字が読める。同級生からは「無敵皇軍」のメッセージが寄せられていた=サンドラ・マッコールさん提供

 先の大戦の激戦地・ガダルカナル島(ソロモン諸島)から米兵が「戦利品」として母国に持ち帰った日章旗の持ち主が判明し、福岡県に住む遺族に引き渡されることになった。持ち主の元日本兵の男性は奇跡的に生還、子宝に恵まれた。「もし祖父が死んでいれば、自分は存在しなかった」。戦後75年の節目での「里帰り」に、男性の孫は運命の不思議さを感じている。(荒船清太)

 「敵国なら捨ててもおかしくないのに、何十年も祖父の形見を大切に保管しておいてくれた。本当にありがたい」。日章旗の持ち主で平成18年に84歳で亡くなった岩本広幸さんの孫、健(たけし)さん(38)=福岡県築上町=は、こう語った。

 先の大戦中、広幸さんは通称「菊部隊」を構成する福岡県出身者中心の歩兵第124連隊に所属。フィリピン・ミンダナオ島の攻略作戦などに従事した後、ガダルカナル島で連合軍と激戦を繰り広げた。

 旗は、広幸さんが入営した昭和17年2月に贈られたものとみられる。《祝入営》《必勝》などと、親族や友人からとみられる寄せ書きが記されており、所々がほつれて黄ばみ、血が染みついている。

 ガ島では戦闘だけでなく食料が枯渇し、多くの日本兵が犠牲になった。広幸さんも17年10月に戦死したとされたが、実際には日本軍が撤退した18年2月以降も島のジャングルに潜み、蛇などを食べながら生き延びた。地元の記録では、ジャングルに潜伏した日本兵約1千人のうち生還者は100人前後。広幸さんも、その一人だった。

 復員後、広幸さんは結婚。長男の一広さん(70)が誕生した。戦地で受けた銃弾で右腕が不自由だったが、造園業を営み穏やかな生活を送った。一広さんの子である健さんが生まれると、広幸さんは初孫をことさらかわいがった。

 「じいちゃんは、なんで生きているのに位牌(いはい)があるの?」。ある日、健さんが問うと「死亡」の文字に二重線が引かれた戸籍を見せ、「島に置き去りにされたときに戦死とされたんじゃ。村葬までしてもらっとった」と笑いながら話したという。

 「わしは福岡の菊部隊やったけのう」。軍隊時代の思い出を懐かしそうに語る一方、「仲間はたくさん、死んでもうた」ともこぼしした。「生き残った罪悪感というのも感じていたようだ」。健さんは振り返る。

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