追悼・李登輝元総統 「日本の首相だったら」 作家・エッセイスト、阿川佐和子

 《李元総統は01年、心臓手術のため16年ぶりに訪日したが、ビザの発給が政治問題化。02年の日本李登輝友の会設立大会で会長に選出された弘之さんは「李登輝氏は日本に深い愛情を持っている。ビザを出さないのは日本外交の汚点」と批判。阿川さんも台湾の歴史を学ぶうちに、父と思いを共有するようになる》

 「李登輝さんと2度目にお会いしたのは東日本大震災の翌年の12年で、日本中がショックを受けていた時期だった。そんな中で、台湾の人たちがとんでもない額の義援金を送ってくれた。まず、そのお礼を言わなければならないと思って週刊誌の対談に臨んだのが、逆に『日本人は何一つ自信を失うことなんかない』と励まされて半分泣きそうになった」

 《台湾からの義援金は最終的に250億円以上。李元総統の被災者への思いも強く、15年に宮城県岩沼市を訪問した際、応対した市長に「被災した人々の生活は大丈夫か」と声をかけ、気にかけていた》

 「李登輝さんは本当に大きな人だった。体も大きいけど、どんな人に対しても柔らかく心を開き、相手の立場に思いをはせ、安心するような語り口で話す。これほど地位が高くなってなお、偉そうなところが微塵も感じられない。しかし、いざというときは信念を曲げない強さがある。中国、そして国民党への対応を考えても、李登輝さんなくして、現在の台湾の民主化はなかっただろう」

 《初対面から約10年後のこの再会時では、李元総統の人間的魅力に圧倒された》

 「何より思ったのが、政治家ってこういう人なのね、ということ。人間としてオーラがあり、人を引き付ける力を持っている。政策どうこうといったレベルではない哲学があった。李登輝さんは『信仰を持ちなさい』とおっしゃったが、それは仏教やキリスト教といった話ではなく、これのためには命を懸けられる、といえるものがあるか。謙虚さや反省もそこから生まれると」

 「李登輝さんが日本の首相だったらよかったのに。こんなに日本の歴史に詳しくて、日本の置かれている状況を感情的にならず冷静に判断することができて、しかも日本をここまで深く愛している人は日本人にもいない。首相をやってくださらないかな、と心から思った」

(聞き手 文化部 磨井慎吾)

 あがわ・さわこ 昭和28年、東京都生まれ。慶応大卒。報道番組のキャスターを務めるなどテレビで活躍。小説も執筆し、「ウメ子」で坪田譲治文学賞、「婚約のあとで」で島清恋愛文学賞をそれぞれ受賞。エッセーや対談集も多数ある。