話の肖像画

静岡大教授で文化人類学者・楊海英(55)(2)「黒い人間」にされた父

父方の祖父、ノムーンさん
父方の祖父、ノムーンさん

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《中華人民共和国の建国の父、毛沢東は1966年5月、「労働者階級からの権力奪取をもくろむ資本家の一味を一掃する」との布告を発した。呼応した若者は紅衛兵(こうえいへい)と呼ばれる民兵組織を作り、地主や資本家などの搾取(さくしゅ)階級や知識人らの打倒に乗り出す。中国全土に吹き荒れた文化大革命(文革)の始まりだった。このとき2歳だった自身は、内モンゴルで文革の混乱に巻き込まれることになる》

父方の祖父は清朝から中華民国の時代、「界牌官(ハーラガチ)」という役人でした。境界警備が担当で、万里の長城を越えてモンゴルの草原に越境してきた陝西省(せんせいしょう)の漢人(かんじん)を捕らえ、15回までムチ打ちができる権利を持っていました。自宅には井戸が3つあり、漢人も雇っていた。こうして父方の家庭は裕福な搾取階級、いわゆる「資本家の一味」とされたのです。さらに父は58年に人民公社が作られたとき、飼育していた家畜が国家の所有として没収されることに不満をもらした。これで父は「出身が悪く」「反公社化の疑いのある」、反革命的な人物とされてしまいました。

5歳のとき、父方の祖母が「悪徳分子」とされて「批判闘争大会」に引きずり出されました。漢人を雇っていたことを咎(とが)められ、自宅に100本以上の楡(にれ)の木を所有していたことから「楡1本を雇っていた漢人1人に換算する」とされて「漢人を100人以上雇い、牛馬のように酷使した反動的な搾取階級」と断罪されました。実際は2世帯だけ、むちゃくちゃな話ですよね。幸い、雇っていた漢人が「(祖母は雇人と)同じ食事と同じ労働をしていた」と正直に話してくれたので最悪の事態は免れました。