ザ・インタビュー

切実な昭和の手触り 緻密に 磯崎憲一郎著『日本蒙昧前史』

【ザ・インタビュー】切実な昭和の手触り 緻密に 磯崎憲一郎著『日本蒙昧前史』
【ザ・インタビュー】切実な昭和の手触り 緻密に 磯崎憲一郎著『日本蒙昧前史』
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 事前に設計図は作らず、冒頭の一文だけを決めて書き進む。作品の題材や長短に違いはあっても、デビュー以来そんなユニークな創作手法を貫き通す。3年ぶりの長編小説となる本書もまた、喚起力のあるこんな一文から幕が上がる。

 <幸福の只中にいる人間がけっしてそのことに気づかないのと同様、一国の歴史の中で、その国民がもっとも果報に恵まれていた時代も、知らぬ間に過ぎ去っている>

 日本で初の5つ子誕生、角福戦争とロッキード事件、グアム島から帰還した元日本兵、グリコ・森永事件…。主な舞台は自身が少年期を過ごした1960年代後半から80年代へと至る「昭和の最後の20年」。世間をにぎわした史実を背景に、時系列にとらわれない自由な語り口で、時代の手触りを浮かび上がらせる。

 「自分にとって切実な時代を描きたい、という思いが漠然とあった」という。「今の世の中は愚かになってしまったなあ、という思いから、最初は『蒙昧(もうまい)になる前の歴史』というイメージでした。いろいろとあり得ないことが起こった分だけ、あの頃はまだ面白い世の中だったんだと。でも書き進むうちに当時だって十分おかしくて愚かだったなあ、とも思ったりして…(笑)。そこを行ったり来たりする感じでしたね」

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 語り手を頻繁に変えながら戦後社会を彩った出来事が登場する。なかでも昭和45年の大阪万博の挿話が面白い。今となってはあまり語られない万博用地の買収をめぐる住民と行政との綱引きを詳述する。さらに、祭典のシンボルだった「太陽の塔」の目玉の中に8日間も立てこもったお騒がせな「目玉男」について、記録にはないはずの悲運の生い立ちを、虚構を交えて大胆に、緻密に紡ぐ。人々の所作や心情を写す作家の目は解像度が高く、しかもドライだ。

 「時間がたつと、過去はどんどん単純化して語られていくようになる。そういう『時間の暴力性』に抗(あらが)いたかった」と話す。

 「例えば、僕はバブル時代の新入社員でした。連日深夜まで残業で、タクシーもつかまらなかった嫌な思い出ばかりなのに、30年たつとそんな部分はそぎ落とされ、ただ『一番景気が良かった時代』とされる。万博だって国民全員が熱狂したわけではない。過去を美化せず、ノスタルジーを排して即物的に描きたかった」

 執筆中、アルゼンチンの作家、ホルヘ・ルイス・ボルヘスがエッセーに記した〈いつわりの事実が本質的には真実であることもある〉という言葉を思い出したという。この小説にも、完全な虚構のはずなのに、そうだったに違いない-と思わせる不思議な瞬間がいくつもある。

 「どんなに歴史的な事実を並べても、それは表層的なものの羅列に過ぎない気がする。史実を助走にしてそこから想像する。ほとんどがフィクションであっても、もわーと立ち上がる時代の空気みたいなものは表現できるかもしれない。それは、小説でしかなしえない『何か』だと思うんですよ」

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 創作に励む一方、東京工業大で文学を教える。今回のコロナ禍で、講義はオンラインに切り替わった。でも「変わったことに目を向けるのではなく、変わらないものをどこまで信じられるかが大事だ」とも感じている。

 作家である自身にとって最も変わらないのは、蛇行しながら力強く前へ前へと進む語り口。変幻自在な語りに導かれるようにして、豊かな時間の織物が立ち上がってくる。

 「今まで長編を書いた後は『ああ、終わった』という感じ。でも今回は初めて続きを書きたい、と思ったんですよ。自分にとって切実なものを大事にする。そんな思いが年をとるにつれ強くなっている気がする」

3つのQ

Q最近読んで面白かった本は?

将棋の渡辺明二冠の『増補 頭脳勝負』(ちくま文庫)。AI(人工知能)にはない、人間対人間の駆け引き。そこに将棋の面白さがある、というのがよく分かる

Qよく見るスポーツは?

相撲。予定調和には終わらない、次の瞬間に起こることが予期しえないものを見るのが好きです

Q執筆中の息抜きは?

1時間くらい、速足で散歩します。脳にかかっていたストレスがぱっと抜けていく感じで、いい考えが浮かぶこともあります

(文化部 海老沢類)

 いそざき・けんいちろう 昭和40年、千葉県生まれ。平成19年に「肝心の子供」で文芸賞を受けてデビュー。21年に「終の住処」で芥川賞を受賞。『赤の他人の瓜二つ』でドゥマゴ文学賞、『往古来今』で泉鏡花文学賞。ほかの著書に『電車道』『鳥獣戯画』など。

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