書評

『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』 幸せな暮らしとは何か

 コロナによって世界は分断され、経済活動はストップした。一方で新しく始まるビジネスがあり、新しい生活様式に私たちはなじみ始めている。変わりゆく価値観の中で、数値化されない幸せも数多く生まれているのではないか。流れる情報を一度は疑い、自分の頭で考えることがこの困難な時代を生き抜き、絶望的な状況においても希望を持ち続けるために必要な唯一の方法であるのかもしれない。

 本書を読み終えたとき、頭に浮かんだのはこんな思いだった。ここで述べられるのは、「人間が望む幸福とは何か、幸せな暮らしを構成する要素とはどんなものか」ということだ。

 世界が抱える二極化の問題は、米国で起きた白人警官による黒人殺害事件に端を発した「ブラック・ライブズ・マター」運動に象徴されるように、コロナを機により表面化した。米国ほど実感はないが、2017年「OECD経済調査報告書」によると、日本の相対的貧困率は日米欧先進7カ国中、米国に次ぐ2番目の高さだった。

 このような状況下で、人々は同じような価値観を持つ人たちの「集団」に依存し、異なる「集団」との対話をやめてしまうという。これがさらなる分断を生む。心地よい情報にしか目を向けず、思考はストップする。情報があふれかえる現代、私たちは情報の選択を促され、指向性に沿って自分にとって都合の良い情報にだけ触れることができる。そして一度信じてしまうと、その考えを変えるのは容易ではない。本書はそうした事実に警鐘を鳴らす。

 19年にノーベル経済学賞を受賞した著者アビジット、エステル夫妻は開発経済学が専門で、発展途上国の研究に長く携わってきた。そして「富裕国が直面している問題は、発展途上国で彼らが研究してきた問題と気味が悪いほど似ている」ことに気づいたという。

 経済成長は幸福に生きるために本当に必要なのか? 貿易は不平等にどのような影響をもたらすのか? 人工知能(AI)の台頭は歓迎すべきか? こうした世界共通の疑問をさまざまな角度から検証する本書は、私たちが声を上げるべき、今まさに立ち向かうべき重要な問題を鮮やかに提起してくれる。(アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ著、村井章子訳/日経BP・2400円+税)

 評・須黒清華(テレビ東京アナウンサー)

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