南北朝の古戦場で慰霊祭 小郡市の地元保存会が開催

高卒都婆の前で行われた慰霊祭=福岡県小郡市
高卒都婆の前で行われた慰霊祭=福岡県小郡市

 南北朝時代の正平14(1359)年、現在の福岡県小郡市などで南朝方と北朝方が激突した「大保原(おおぼばる)合戦」(筑後川の戦い)から661年になる6日、戦いの犠牲者を祭った同市大保原の石碑「高卒都婆(たかそとば)」前で地元保存会が慰霊祭を行った。

 大保原合戦は、九州では最大といわれる戦い。後醍醐天皇の皇子で、征西将軍の懐良(かねよし)親王を奉じる南朝方の菊池武光は、4万の軍勢を率いて隈府(熊本県菊池市)を出発し北進。一方、北朝方の有力武将、少弐(しょうに)頼尚(よりひさ)は6万の軍勢を率いて対抗した。

 両軍は、筑後川北岸から、現在の小郡市大保原一帯で激突。北朝方は約3600人、南朝方も約1800人の計5400人以上が討ち死にする激戦が繰り広げられたとされる。この戦いは、勝利した南朝方の九州支配のきっかけになった。

 慰霊祭は昭和47年、隣接地に陸上自衛隊小郡駐屯地の自動車訓練場が開設されて以来、毎年開催されている。この日は、高卒都婆保存会長の稲田光雄大保原自治会長や自衛隊の関係者らが参列。読経の後、焼香し、戦没者を慰霊した。

 大保原合戦では、戦いを終えた武光が、血に染まった刀を川で洗ったという故事から「大刀洗」(大刀洗町)の地名が付いたと伝わる。さらに「宮の陣」(久留米市)などの地名が残るなど、周辺には合戦にゆかりの史跡も多い。また、軍記物語「太平記」の人気の読み物の一つとなっている。