宇喜多直家の舅は「勝政」? 実名入り書状発見 岡山

発見された中山備中守勝政の書状。文末に「中山備中守」「卯月十六日 勝政」との署名と、花押(サイン)が書かれている=岡山県立博物館
発見された中山備中守勝政の書状。文末に「中山備中守」「卯月十六日 勝政」との署名と、花押(サイン)が書かれている=岡山県立博物館

 岡山県立博物館(岡山市)は、備前国の戦国武将・宇喜多直家の舅(しゅうと)とされる沼城(同市東区)城主、中山備中守(びっちゅうのかみ)の書状が見つかったと発表した。「勝政」と署名されており、中山備中守の実名が入った書状の発見は初めて。これまで判明していなかった実名の可能性が高いという。

 書状は縦11・5センチ、横63・4センチ。龍ノ口城(同市中区)城主で、税所(さいしょ)豊前守久経とみられる「豊前守殿」へ使者を送った際、口利きをしてくれた2人の仲介者に対する礼状とみられる。同県倉敷市の寺院「般若院」の収蔵品調査で発見された。

 文末には「中山備中守」「卯月十六日 勝政」との署名と、花押が入っている。1540~50年代に書かれ、「勝政」は中山備中守の実名と推定している。

 中山備中守は直家に殺害されたと伝えられているが、これまで実名は判明していなかった。江戸時代に成立した地誌には「信正」と記されていた。

 同博物館は「礼状は当時の武将同士のつながりを垣間見える。実名をもとに今までの史料を読み返せば、さらに人間関係が分かってくるのではないか」としている。

 同博物館は改装工事のため令和4年秋まで休館しており、書状は再開後の展示を検討している。

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