75年草木も生えぬとされた広島「ここまで復興した」被爆者代表の佐貫さん

献花する佐貫千津子さん(右)=6日午前、広島市中区(須谷友郁撮影)
献花する佐貫千津子さん(右)=6日午前、広島市中区(須谷友郁撮影)

 「被爆から75年は草木も生えないといわれたが、広島はここまで復興できた」。6日の平和記念式典で被爆者代表として献花した佐貫(さぬき)千津子さん(79)=広島市中区=は犠牲者らに祈りをささげ、平和への誓いを新たにした。

 ノリの養殖やアサリの採取などをしていた家の三女として生まれた。8人きょうだいの大家族だった。

 4歳だったあの日、爆心地から南西に3・1キロ離れた同区江波(えば)東の自宅で被爆した。友達と遊んでいて帰宅し、裏口から家の中に入ろうとしたときだった。

 建物が壁となり、強烈な閃光(せんこう)を浴びるのを奇跡的に免れた。家族らから聞いた話によると、泣いていたという。幸い自宅に被害はなく、家族にもけが人はいなかった。隣町の同級生の家が跡形もなくなっており、紙一重だった。

 当時の記憶はほとんどない。おぼろげながらに記憶に残るのは、母親と妹と一緒に疎開しようとした際、窓から汽車に乗せてもらったことだ。

 「先人がいたから現在の広島があると思う」と広島の復興に思いをはせた佐貫さん。式典を終え、「無事に献花を終えてほっとしている。被爆75年の節目に被爆者代表として参列できて感動した」と話した。

会員限定記事会員サービス詳細