マーライオンの目

「2人の李」の死

台湾を非公式訪問したシンガポール元首相のリー・クアンユー(右)を別荘地に招いた李登輝(中央)=1994年9月(李登輝基金会提供)
台湾を非公式訪問したシンガポール元首相のリー・クアンユー(右)を別荘地に招いた李登輝(中央)=1994年9月(李登輝基金会提供)

 「台湾民主化の父」、李登輝元総統と、「シンガポール建国の父」、リー・クアンユー(李光耀)元首相は同じ1923年生まれだ。2人とも華人で、故郷を統治した国で高等教育を受けた共通点もある。日本で学んだ李氏は日本語を、英国で学んだリー氏は英語をそれぞれ流暢(りゅうちょう)に操った。

 リー氏の回顧録には2人の交流が記されており、ゴルフを共にしたこともあるようだ。元法律家で徹底した実利主義者のリー氏と、哲学書を愛読していた李氏が心を通じあわせていたのかは定かではないが、両者が何を語り合ったか非常に興味があるところだ。

 回顧録でリー氏は、李氏が日本の新聞を毎日読んでいることなどを取り上げており、博識ぶりを称賛している。一方で、李氏が中国共産党を舌鋒(ぜっぽう)鋭く批判する姿勢に対しては一定の距離を置いている。リー氏には終始、中国と台湾が対立することは避けてほしいという思いがあった。シンガポールの安定に与える影響を警戒したためとみられる。

 政治的スタンスは違うが、2人の共通点は知性を備え、強い信念で集団を導いたところにもあるといえそうだ。リー氏も2015年に世を去り、20世紀のアジアに足跡を残した「2人の李」はともに鬼籍に入った。ひとつの時代が終わったことを実感させられる。(森浩)