パラ競泳(視覚障害)辻内彩野 我慢の2カ月余、再スタート - 産経ニュース

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パラ競泳(視覚障害)辻内彩野 我慢の2カ月余、再スタート

パラ競泳(視覚障害)辻内彩野 我慢の2カ月余、再スタート
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Go Forward 負けずに、前へ がんばれ!パラスポーツ

 1年延期された東京パラリンピックを目指し、成長を続けるスイマーがいる。昨年9月のパラ競泳世界選手権女子100メートル平泳ぎの銅メダリストで、9つの日本記録を保持する辻内彩野(あやの)(視覚障害)=三菱商事=だ。「今の一番の目標はメダルを取ること」と語る23歳の視線は、来夏の表彰台をとらえている。(西沢綾里)

 新型コロナウイルスの影響はやはり大きかった。2カ月余りも泳ぐことができない日々。水中の感覚を確かめられないことは何よりつらい。それでも前向きなのが辻内の取りえでもある。ランニングや縄跳び、バランスボールといった陸上トレーニングに打ち込んだ。

 ようやく6月中旬になって、味の素ナショナルトレーニングセンター(NTC)イーストのプールで水中練習を再開させると、武者修行先の米国から一時帰国していた第一人者の木村敬一(東京ガス)と遭遇。以来、NTCでは木村の米国コーチから送られてくる強度の高い練習メニューを共有させてもらい、ともに練習に励んだ。

日本記録を次々更新

 両親ともに元水泳選手で、父親はスイミングスクールのコーチ。ごく自然な流れで小学校3年生から水泳を始めると、高校卒業までは健常者としてレースに出場していた。だが、小学5年生のころから徐々に視力が低下していたという。大学1年の夏、進行性の難病「黄斑ジストロフィー」と診断された。症状が悪化して障害者手帳を手にしたのは2017年のとき。それまで普通に泳いでいたのだからショックは大きかったに違いない。それでも前を向き、次の舞台へ-。パラ競泳の扉をたたいた。

 同年9月のジャパンパラでいきなり50メートル、100メートル自由形と、100メートル平泳ぎで日本記録を樹立。昨年の世界選手権では100メートル平泳ぎで銅メダルにも輝いた。それでも、世界選手権は悔しい記憶で覆われているという。得意の100メートル自由形で4位となり、表彰台を逃して号泣した記憶だ。だから、今夏開催されるはずだった東京パラリンピックは、雪辱を期す舞台だった。

「目標が生きる力に」

 比較的軽い視覚障害クラスの辻内の視界は「簡単に言うと、カメラのレンズのピントが合わず、特に中央が強くぼやけている状態」。例えば、飲食店のメニューなど小さい文字が読めなかったり、電車やバスの行き先案内が見えず、人にぶつかってしまうこともある。見た目には健常者と変わらない軽度の障害者の中には、心ない言葉を浴びて傷つく人もいるという。

 だから辻内は強く思う。パラリンピックで活躍することで、障害の存在をもっと知ってもらいたいと。自らの力を発揮する舞台は、社会へのアピールの場でもある。より速く、より強く-。「目標を持つことが、前向きに生きる力になっている」と辻内。コロナの影響は今後も続くだろうが、自らの手で未来を切り開いていく。

【プロフィル】辻内彩野

 つじうち・あやの 1996年10月5日、東京都江戸川区出身。大学1年で視力低下や視野異常を起こす進行性の難病と診断され、2017年にパラ競泳に転向。日本記録を次々に更新し、19年パラ競泳世界選手権では100メートル自由形4位、400メートル自由形6位、100メートル平泳ぎ3位。

 1年延期された東京パラリンピックに向け前を向き、出場を目指すパラアスリートたちを応援する特集紙面を「Go Forward 負けずに、前へ がんばれ!パラスポーツ」と題して随時掲載していきます。

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