ぐんまアート散歩

「余白」が知覚を呼び起こす 西島雄志の彫刻

西島雄志の「White」。輪郭の一部を描くことで象全体を浮かび上がらせる
西島雄志の「White」。輪郭の一部を描くことで象全体を浮かび上がらせる

 彫刻と聞いて、どんな作品を思い浮かべるだろうか?

 豊かな胸の膨らみ、腰に着衣をまとう古代ギリシャの女神像「ミロのビーナス」。座り込んで肘をつき熟考するロダンの「考える人」。有名な2つの作品は大理石やブロンズ製の重厚な質量感を持った彫塑像である。ところが、そんな彫刻の概念を覆してしまう作家がいる。西島雄志だ。

 柔らかな金色の光を放って浮かび上がる象は、まるで記憶の断片をつぎ合わせたかのようで、一瞬にして心を奪われる。圧倒的な存在感と静謐さをたたえ、空間をも彫刻と化してしまう。「彫刻作品は常に重力との闘いである」というが、西島作品においては輪郭だけを形成し容積を満たすことはない。しかも、その輪郭は対象物の形状の一割程度しか表現していない。

 残るのは余白。だが、その余白には人の心が入り込む隙間がある。既にある「象」というものの知覚と、実際に目にした余白が呼び起こすものが脳内で一致したときに得られる悦びがある。

 作品「White」は、2018年にタイのチェンマイで制作された。かの国で白象は神聖であり、王の威厳の象徴である。作品に近づいてみると、輪郭のすべてが渦巻き状のパーツから形成されていることが分かる。

 制作方法を簡単に記そう。長さ20センチほどの銅線を両端から巻きこんで直径1・5~2センチほどの小さなパーツをつくり、これを200個程度ロウ付けしてつなげたものが輪郭の一部分となる。それを30個ほど天井からワイヤでつるし全体が組み上げられている。高さ2・7メートルの象の作品パーツの総数は、6000個にも及ぶ。「時間を巻き取る」と西島が呼ぶ一連の作業の日々があるからこそ、作品から発する存在感、オーラは揺るぎないものとなる。