勇者の物語

7球団加盟…6チームで開幕 虎番疾風録番外編31

創設当時の阪急軍。前列中央が宮武主将。その後ろが三宅監督 
創設当時の阪急軍。前列中央が宮武主将。その後ろが三宅監督 

■勇者の物語(30)

昭和11年2月5日、東京・丸の内の日本工業倶楽部で「日本職業野球連盟」の創立総会が行われた。

初年度の加盟は7球団。結成順に挙げると-。

(1)大日本東京野球倶楽部(球団名・東京巨人)=母体は読売新聞

(2)大阪野球倶楽部(大阪タイガース)=阪神電鉄

(3)大日本野球連盟名古屋協会(名古屋)=新愛知新聞

(4)東京野球協会(東京セネタース)=旧西武鉄道

(5)大阪阪急野球協会(阪急)=阪急電鉄

(6)大日本野球連盟東京協会(大東京)=国民新聞

(7)名古屋野球倶楽部(名古屋金鯱)=名古屋新聞

連盟総裁には大隈信常(重信の養嗣子、実父は旧平戸藩主・松浦詮)、相談役に正力松太郎と小林一三が就任。プロ野球〝生みの親〟の晴れ姿である。

新生「阪急軍」は3月5日、兵庫県川西市の「多田神社」に詣でたあと、宝塚球場で結成式を行った。

真新しいユニホームは白地で首から胸元にかけて、鮮やかな赤と紺の縦ラインが入っており、胸には「ブラックレター書体」のアルファベット一文字。なかなかおしゃれなデザインだ。モットーは「清廉かつ華麗」。三宅監督が考案したといわれている。

ここで余談をひとつ。監督、選手たちが詣でた「多田神社」は、この後もずっと阪急の必勝祈願の神社となった。

天禄元年(970年)清和天皇のひ孫で多田源氏の祖となった源満仲が、神社の前身である「多田院」を建立。その後、徳川幕府4代将軍家綱によって、現在の社殿が再建された-という由緒正しい神社。目の前に猪名川が流れ緑豊かな名所。最寄り駅は阪急電車「川西能勢口」で能勢電車に乗り換えて「多田駅」下車、徒歩約15分。実は筆者の現在の住居もこの多田にある。

多田神社は勝負の神様。阪急阪神ホールディングスとなったいま、阪神タイガースは、シーズン前に「広田神社」(西宮市)だけでなく、「多田神社」にも詣でてはいかがだろう。

初シーズンは4月に開幕した。ところが〝言い出しっぺ〟の巨人は米国遠征に出かけておらず6チームでの開幕。<なんのこっちゃ>である。(敬称略)

■勇者の物語(32)

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