「海外渡航移植なくなる日を」米国で心臓移植を受けた青山環ちゃんの父の願い(2/2ページ) - 産経ニュース

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「海外渡航移植なくなる日を」米国で心臓移植を受けた青山環ちゃんの父の願い

 トリオ・ジャパンへの相談を経て、募金活動を行うことを決意。大学時代の仲間らに集まってもらったものの、なかなか本題を切り出せなかった。「協力を断られれば、環の命が否定されることになるのではないか」。恐ろしかった。意を決して打ち明けると友人たちは言った。「やるよ」。

 「救う会」が発足し、街頭活動などを展開。募金は半年弱で目標金額に達した。平成28年9月、米シアトルの病院へ。機内では破損が見つかった補助人工心臓のポンプ交換手術が行われるなど危険も伴ったが、到着後まもなく、ドナーが見つかったとの報告を受けた。

 その時の気持ちを、どう表現したらいいだろう。移植を求めてきたが、その対岸には悲しみの淵で助けてくれる決断をしてくれたドナーとその家族がいた。そして、いままで応援してくれたたくさん人たち。「今のこの気持ちをずっと忘れないでほしい」。ナースから贈られた言葉が響いた。移植手術は無事成功した。

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 環ちゃんは今年、小学1年生になった。全てを「同級生と同じように」とはいかないものの、元気に学校に通っている。

 「今は歩けるようになって、自由に歩き回りたいという思いが強いみたい。一歩一歩段階を踏みながら、大きくなってほしい」と妻の夏子さん(38)。何でもない一日一日がいとおしく、ありがたい。

 帰国後はトリオ・ジャパンの活動に参加し、30年に会長に就任。相談を受けていると一瞬で、数年前の自分たちの姿がよみがえる。自国で移植手術を受けられることを切に願うが、やむをえず海外渡航を模索する人がいるのは今も変わらない。移植医療が日常の医療となっている諸外国と比べると、その差はいまだに大きい。

 「日本では移植医療はまだ夢物語みたいなところがある。でもどんな人でも、移植を受けなければいけない状況に陥る恐れはある。誰もが自分のこととして移植について語り、考えることができる社会になってほしい」。青山さんはそう願っている。