香港国安法 一国二制度は終焉、力による支配の危機迫る 国際戦略家・石井英俊氏 - 産経ニュース

メインコンテンツ

香港国安法 一国二制度は終焉、力による支配の危機迫る 国際戦略家・石井英俊氏

 中国への抗議活動などを規制する「香港国家安全維持法」(国安法)が施行された。「一国二制度」は形骸化し、チベットやウイグルで進む弾圧が、香港で起こりかねないとの懸念は早くも現実のものとなっている。香港の民主派、独立派と交流を続けてきた福岡在住の国際戦略家、石井英俊氏が産経新聞に寄稿し、「国安法は日本に無縁ではなく、力による支配の危機はいよいよ迫っている」と指摘した。

                  ◇

 6月30日深夜、国安法が施行された。7月1日、香港市民の抗議デモで、香港警察は約370人を逮捕した。そのうち10人の容疑は国安法違反だった。

 中でも、このうち最初の1人が、かばんの中に「香港独立」と書かれた旗を隠し持っていたとして拘束されたことは注目すべきだ。国安法は国家分裂、国家政権転覆、テロ行為、外国または域外勢力との結託による国家安全危害を処罰対象とする。「香港独立」との主張は、国家分裂行為として、真っ先に弾圧された。例えばこれは、日本国内で「琉球独立」と主張する自由が認められていることと極めて対照をなす。自由主義陣営の一角として、言論の自由が最大限尊重される日本と真逆で、香港にもはや自由は存在しない。一国二制度の終(しゅう)焉(えん)を象徴する出来事だった。

 6日に決まった国安法の実施細目では、特定の状況下で、捜査令状なしの家宅捜索を認めた。捜査対象者にパスポート(旅券)を提出させることもできる。締め付け強化は明らかだ。

 ◆交友関係にまで楔

 香港独立を主張するグループの中には、同法施行を前に、海外脱出する動きも見られた。

 6月上旬、私の知人の香港独立連盟代表、陳家駒氏がオランダに潜伏していると、香港の親中派新聞『文匯報』が大々的に報じた。陳氏は保釈中だったが、出国制限がかかっていなかったので海外に逃れられた。

 「香港の中にいたら逮捕されてしまう。海外で新しいステップを始める」。陳氏はこう語る。

 一方、香港に留まるケースもある。

 2018年に香港政府から活動禁止命令を受けて解散させられた同じく独立派の香港民族党元代表、陳浩天氏は今も香港にいる。

 陳氏とはこの4年間、さまざまな場面で交流し、活動を共にしてきた。香港独立派のリーダーといわれる彼は、これまでも最大の弾圧対象だった。今回の国安法でも真っ先に狙われたとしてもおかしくない。しかし、今のところ、香港警察は陳氏に手出しできていない。それは陳氏が全ての政治活動や仲間たちから離れ、ひたすらビジネスに打ち込んでいるからだ。

 陳氏と最後に会話したのは国安法施行直前の6月30日午前だ。「とにかく生き抜くこと。例え何もできなくなっても、香港に留まって生きていることが大切だ」と気丈に語っていた。

 その後、陳氏とは話せていない。私とやり取りがあること自体、犯罪扱いされる可能性がある。互いに非常に神経を使っている。国安法は、個人の自由な交友関係にまで楔を打ち込み、分断する。それは、中国の現体制の非人道的さを象徴しているようだ。

 ◆香港はウイグルに

 2人の陳氏は、いずれも苦しみ、ギリギリで決断した。それ以外でも、国安法施行にあたり、著名な民主派や独立派活動家の多くが活動からの撤退を表明し、団体も次々と解散を宣言した。差し迫る逮捕の恐怖と、その被害を最小化するための非常の措置だった。今後、独立派の運動はもちろん、民主派もまともな活動ができなくなるだろう。

 香港はチベットやウイグル、南モンゴルと同様に、中国政府による直接支配下に置かれた。繰り返すが、一国二制度は揺らいでいるのでも脅かされているのでもない。終焉したのだ。

 国安法下で香港法の制限を受けない中国の治安組織「国家安全維持公署」が設置された。国安法41条は秘密裁判を認め、56条によると、容疑者の中国本土への移送もあり得る。ウイグルにあるような強制収容所が香港にも建設され、いつの間にか誰かが行方不明になっていた、という事態もおこり得る。アジアの金融センターだった香港は、中国政府が管理するディストピア(反理想郷)へと姿を変えていく。

 チベット人やウイグル人、南モンゴル人は今、世界中で香港に連帯する声を挙げる。例えば、亡命ウイグル人で、人権活動家のラビア・カーディル氏は「香港はウイグルのようになる」と強調する。彼らは中国による支配の現実を身をもって知っているからこそ、主張は切実だ。

 ◆ブラックリスト

 日本人も無縁ではない。38条は香港人でない者が香港外で同法に違反した場合も処罰可能な規定だ。つまり、国安法に抵触する香港独立を支持するような行為を、日本国内で日本人が行った場合も、危うい。香港旅行や空港での乗り換え時に拘束されかねない。少なくともその恐れがある以上、私は中国には絶対に立ち寄れない。

 すでにブラックリストは準備されている節がある。「香港リークス」(香港解密)と呼ばれるサイトには、民主派や独立派など1600人超の個人情報が、住所や電話番号に至るまで掲載されている。香港人以外も含まれる。私も日本国内での「反中国デモ」の主催を理由に、顔写真に暴徒と記されている。

 香港解密の運営主体は明らかではない。しかし、大量の個人情報を取得、公開するこのサイトが、一個人による運営とは思えない。AFP通信も「背後に中国政府か」(2019年11月9日)などと報じている。

 危険があるのは、私だけではない。昨今、中国本土で日本人がスパイ容疑で拘束される不透明な事件が起きている。今後は香港でも、同様の危険が生じると考えるべきだ。つまり、観光客やビジネスマンにとって、無縁ではないのだ。

 ◆次は台湾や尖閣

 一連の流れではっきりしていることは、習近平政権は力の行使を全くためらわない政権だということだ。

 一部には「あまり強硬なことをやると世界の批判を招き、香港経済にもダメージが出るので、むちゃなことはしないだろう」との見方があった。しかし、事ここに至っては、それが間違いだったことは明らかだ。

 習政権は力による支配の信奉者だ。ウイグルでの強制収容所、香港での国際公約を破っての一国二制度の破壊など、何のためらいなく強行している。

 次は台湾、さらには尖閣諸島だろう。私たち日本にもいよいよ迫ってきている。今そこにある危機を、自覚しなければならない。 (寄稿)

                  ◇

【プロフィル】いしい・ひでとし

 昭和51年、福岡市生まれ。九州大経済学部卒。平成23年に、アジア問題に特化した調査活動や人材育成を担うNPO法人「夢・大アジア」を設立。30年、中国の覇権主義的政策に反対する国際ネットワーク「自由インド太平洋連盟」の発足にも関与し、現在は副会長兼日本代表。