国土地理院の地図に明記された場所に島がない-。国が作製する権威ある地図で、にわかに信じ難い事態が発覚した。舞台は鹿児島県南西沖。海上保安庁が船舶航行の安全を守る目的で整備を進める海図が、謎を解く鍵を握っていそうだ。
鹿児島県南さつま市の野間岬沖から南西約70キロの宇治群島。国土地理院の地図では、無人島が連なる群島の西端にある雀島から、さらに北に離れた位置にぽつんと「スズメ北小島」がある。
この小島の記録は海保が昭和59年に航空機で実施した測量に基づき、60年に海図に記載したのが最初だ。その際、雀島のそばにあるはずの岩礁が、実際より島から離れた位置に描かれた。それには理由がある。
海図は、航行に関わる重要なポイントや危険な場所を強調して記載することが国際的に認められている。海保で海図の作製を担う海洋情報部の担当者は「市販の道路地図が、インターチェンジなどを大きく描いているようなもの」と説明する。
さらに海図の特徴で、東京湾など船舶の多く通る海域は詳細に作るが、そうでない場所は広域版のみになる。広域の海図に強調して記された小島が、国土地理院の地図に引き写され、現実とずれが生じたとみられる。
領海や排他的経済水域(EEZ)の根拠となる「国境離島」は、中国との尖閣諸島(沖縄県石垣市)をめぐる対立などを背景に注目されるようになった。
平成22年には内閣府に国境離島の把握を担当する事務局ができ、海図などにある離島に名前を付け、管理を強化。現在はそうした島が地図や海図の位置に実在するかどうかの確認を進めている。
対象の島は484あるが、予算はゼロで担当者も数人のみ。衛星写真などによる照合作業も、撮影した際の波の状態によって困難を極める。海保や環境省など関係省庁頼みなのが実態という。
北海道猿払村沖の「エサンベ鼻北小島」の場合、「見えなくなった」との通報で海保が調査。波や流氷の浸食で消失した可能性があり、精密な調査が続く。正確な位置や地形の把握は実地の測量が欠かせないが、日本の領海とEEZは計約447万平方キロと広大で、一朝一夕にはいかない。
高知大海洋コア総合研究センター長の徳山英一特任教授(海洋地質学)は「海の地形を測量、記録してEEZを管理するのは国の務めだ。一方で、航海の安全を考えた場合、限られた人的資源を交通量の多い海域の調査に充てざるを得ないのが現状だろう」と話した。
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【用語解説】国土地理院
国土交通省の外局で、国の唯一の地図作製機関。日本の国土の位置や地形を適切に把握する目的で、正確な測量を実施する。作製した地図はホームページなどで公開。官公庁や民間企業が一般向けに提供している地図の多くは、地理院の地図に依拠している。災害関連のデータ収集も任務で、地震による地盤変動の監視などに当たる。昨年10月の台風19号では、長野県の千曲川の堤防が決壊して浸水した範囲を航空写真などから分析し、公表した。