横浜港に留め置かれた豪華客船。その船内で、やがて日本国内で猛威を振るうことになる新型コロナウイルス感染症との戦いがすでに繰り広げられていた。
「ダイヤモンド・プリンセス」感染相次ぐ
クルーズ船「ダイヤモンド・プリンセス」の乗客乗員3711人のうち、結果的に感染者は712人、死者13人を数え、世界の目も同船にくぎ付けになった。
感染者を抱えたクルーズ船への対応について、明確な国際的ルールはない。日本は国際法上の義務ではなく、人道的な観点から取り組んだ。しかし、厳しい感染状況を感情的な見出しで報じる海外メディアもあった。
発端となった中国本土では2月半ばに死者数が1000人を突破。すでに都市封鎖されていた湖北省武漢市に、1000床の新型コロナウイルス専門病院「火神山医院」が10日間で完成するなど、強力な封じ込め施策がとられていた。
ただクルーズ船から目を転じれば、日本国内ではまだこのころ新型コロナは対岸の火事と受け止められていた感がある。日本国内で危機感が高まり始めたのは国内初の死者が確認されてからだ。政府の専門家会議も開かれ、イベントの自粛など社会生活に暗い影を落としていく。
2月1日 新型コロナを指定感染症に
新型コロナウイルス感染拡大の端緒となった中国では2月1日、感染者が1万人を超えた。そして、グローバリズムの波に乗った旅行者らによって、世界も少しずつ蝕(むしば)まれていく。
すでに中国湖北省武漢市は都市封鎖され、習近平国家主席の指導部は国内で医療崩壊を防ぐ取り組みを進めていた。
「ウイルスは暖かくなる4月までに奇跡的に消えるという。習氏らは一生懸命やっている」
トランプ米大統領は2月10日、支持者集会でこう述べた。しかし、その予想は裏切られた。4月、米国での感染はピークとなり、5月末には10万人以上が犠牲になった。
日本国内で具体的な対策が取られたのは2月1日。新型コロナを指定感染症とする政令を施行、強制入院などの措置が可能になった。2週間以内に湖北省に滞在歴がある外国人の入国を事実上拒む措置もとった。中国全土からの入国拒否に踏み切らなかった裏に、習主席の国賓訪日を模索していた影響がちらついた。
2月16日 政府専門家会議が初会合
「浮かぶ監獄」「感染拡大の第2の震源地」
おどろおどろしい見出しとともに、世界のメディアが横浜港に停泊したクルーズ船を報じた。1月20日に横浜を出発し、香港、ベトナムなどを経て2月3日に戻ってきた「ダイヤモンド・プリンセス」だ。船籍は英国で米国の会社が所有。外国人客も大勢乗り合わせた巨船と未曽有の事態に直面し、日本政府は検疫や情報開示を含め対応に苦慮することになる。
香港で下船した乗客の感染が2月1日に確認されたことを受け、政府は乗客らの下船を許可しなかった。だが、5日には乗船者10人の感染が判明。この時点で船内には乗客乗員3711人がいた。高齢者らから段階的に下船させ、全員の下船が発表されたのは、3月1日のことだ。
検疫が始まっても自由な行動がとれた船内では、接触・飛沫(ひまつ)いずれの経路からも感染が広がった。
クルーズ船に耳目が集まる一方、国内感染への危機感は乏しかった。野党は国会で首相主催の「桜を見る会」を追及。政府高官も当時、「新型コロナはこれ以上、大事にならない」とうそぶいていた。しかし、国内初の死者が確認された13日、事態は一変する。政府はこの日、検査態勢の強化など、緊急対策第1弾を決定。政府の専門家会議も16日に初会合を開き、「国内発生の早期段階」との認識を示した。宮内庁は17日、天皇誕生日の一般参賀中止を発表した。
2月27日 全国の学校に一斉休校要請
「これから1~2週間が急速な拡大に進むか、収束できるかの瀬戸際」。専門家会議が24日に見解を示すと、政府は大規模なイベントの自粛要請に踏み切った。27日には全国の学校に一斉休校を要請した。東京ディズニーランドなどのテーマパークも相次いで臨時休園を発表した。
しかし、イベントや外出自粛要請に法的根拠を与える「緊急事態宣言」発令に向けた法整備や、休業補償などの議論が本格化するのは3月に入ってからだ。
そして、東京五輪はまだ、通常開催への望みをつないでいた。国際オリンピック委員会(IOC)のバッハ会長は27日、東京五輪を予定通り実施する意向を表明した。しかし、ウイルスを前に、五輪が無傷ではいられないことは、すでに誰の目にも明らかだった。
(1)届かなかった武漢医師の「警鐘」 2019年12月8日~