初夏の夕方、犬と散歩中、色とりどりの花咲く庭に見とれていると、奥から現れたBさんから、よかったらどうぞ、と手摘みの花ばなを手渡された。
古シャツにゴム長靴という格好だが、艶のある白肌と柔和な顔立ちは慈愛深いシスターのような気品があった。その頃Bさんは80歳を過ぎ、私より40上だった。
私は尻尾の丸まった茶色い日本犬のオス2頭を連れ、時々Bさんの庭に立ち寄るようになった。犬たちは、毎度Bさんからキスをされ、背中をねんごろにかかれるものだから、花の揺れる庭で体をよじって喜んでいた。
身の上話をしたのは一緒に散歩するようになってからである。Bさんは令息を病気で亡くして間もなかった。
「庭仕事をしていると、息子のことを考えなくて済むのよ」と指で涙を拭っていた。Bさんは悲嘆にくれる代わりに黙々と花ばなを育てたのだ。私はつらくなって何も言えなかった。
都心で会社を経営していた時代の、著名人との交友談は映画のようで、聞くたび心が躍った。砂利道を歩きながら、こう打ち明けられたこともある。
「今は若い彼氏が2人いるの」
「いいなぁ!」
羨望の目になると、Bさんはなぜかおかしそうに笑って、
「年下よ。しかも茶髪よォ」
前を行く犬たちと私を交互に見た。
尻尾のついた茶色いお尻が2つ並んで揺れている。2人の茶髪の若者がそこにいた。
Bさんと犬たちの命日に手を合わせるとき、ふっと頬が緩むのは、そのせいである。
常世ゆかり 56 長野県南牧村