老舗企業にきく~かながわ

番外編 鎌倉彫・博古堂 身近な工芸品、子へ孫へ

 鎌倉彫の工芸品店「博古堂」は、鶴岡八幡宮の入り口にある大鳥居「三の鳥居」の傍らに位置し、その立地からも、鎌倉の歴史との深いつながりを感じさせる。店舗を運営するのは後藤家。家伝によると、仏師の運慶(不詳~1223年)を祖とし、鎌倉時代から代々、仏師として仏像の制作を生業としてきた由緒ある家系だという。

 そんな後藤家に転機が訪れたのは明治初期。それまで鶴岡八幡宮の西側、現在の鎌倉市扇ガ谷の仏所(仏師の工房が集まる場所)を拠点に仏像の制作や修復をしていた多くの鎌倉仏師らは、明治新政府の神仏分離令や廃仏毀釈の方針により、職を失っていった。

 ◆明治33年に開店

 時代の荒波の中、後藤尚子社長の高祖父(曽祖父の父)の後藤齋宮(いつき)と、曽祖父の後藤運久の父子は、明治22年のパリ万博、38年のセントルイス博覧会など、国内外に向けて仏像や鎌倉彫を積極的に出品。33年には鶴岡八幡宮前に博古堂を開店する。

 「仏師としての誇りを持ちつつ、鎌倉彫にも光を当てることに活路を見いだしたようです」。後藤家29代当主、後藤圭子さんの妹に当たり、今年2月に博古堂の5代目社長に就任した尚子さんはこう解説する。

 そうした経営に対する変革と努力の姿勢は、以降も企業理念として根付いた。戦後の鎌倉彫業界の復興に尽力した父の後藤俊太郎さんや、モダンなデザインによって鎌倉彫に新たなイメージを確立させた圭子さん。鎌倉彫はいまも進化を続けている。

 就任間もない後藤社長も、「歴史の中で継承されてきた技術や伝統を学びつつ、時代に生きる鎌倉彫を生み出していきたい」と意気込んでいる。

 ◆計12人が携わり

 鎌倉彫には屈輪(ぐり)唐草文様と呼ばれる、植物のワラビのような渦巻き文様に代表される古典文様、ボタン、ツバキ、サクラなどの植物のほか、獅子や竜、波や雲など、さまざまな文様がデザインに用いられている。

 店舗には皿、盆、鏡、すずり箱など、多くの品物が並ぶ。彫りが深く、力強いデザインから、現代風にアレンジされた繊細なデザインまで、さまざまな彫刻が施されている。

 デザインは博古堂の伝統を受け継ぎ、後藤社長が行う。「木地」と呼ばれる、基礎となる素材を木地師が作り、彫り師が彫刻を加え、塗り師の手へと移るという工程を経て完成する。

 制作に携わる職人は、彫り師4人、塗り師8人の計12人。熟練の技術が必要で、一人前になるまでに10年以上の歳月を要するという。彫りは鎌倉彫の要で、よく研いだ彫刻刀を用い、デザインと用途に合った彫りを施す。

 塗りは、彫りを生かすことに注意しながら、「下地」「中塗り」「上塗り」など全26工程を行う。乾き際にマコモをまく「乾口(ひくち)塗り」という手法で彫刻に陰影を出し、美しさを引き立たせる技法は後藤運久が考案し、いまも受け継がれているという。塗りだけでも作業は約1カ月かかるなど、一つの品物が完成するまでの道のりは長い。

 後藤社長は「(鎌倉彫の品々は)決して安価ではありませんが、生活の一部としていつも身近に存在し、長く使い続けることができる。親から子へ、そして孫へ、受け継ぎ続けられること、そして時とともに味わいを増し、変化する姿を楽しんでいただきたい」と力を込めている。

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 ■後藤尚子社長に聞く より長く愛用、「直し」に注力

 --鎌倉彫との出会いは

 「鎌倉彫の制作が家業だったため、身近な存在として幼いころから親しんできました。大学時代は現代美術や版画を学び、大学院修了後はドイツに留学しました。その後、家業に関わる決意を固め、30代半ばから本格的に仕事につき、刀研ぎ、彫り、デザインを父から学び、同時に鎌倉彫の歴史や古典も学び直しました。一昨年までは鎌倉彫会館、資料館を拠点とした、鎌倉彫協同組合、教授会の経営に携わってきました」

 --今年2月、5代目社長に就任した

 「一口に鎌倉彫の制作といっても、デザイン、彫り、塗りとさまざまな工程があります。デザインをする経営者は、全体の工程を掌握し、トータルコーディネートしなければなりません。鎌倉彫の歴史は後藤家の歴史でもあるという自負があり、継承を担う老舗の経営の責任はとても重いものだと実感しています」

 --自身の感覚を作品・製品にどう生かすか

 「絵画を学んできたこともあり、自然に潜む美をデッサンすることで感じ取り、作品に反映させることを大切にしています。受け継がれてきた伝統を生かしつつ、新しい形の鎌倉彫も模索していきたいと考えています」

 --経営者として今後、力を入れたいことは

 「いろいろありますが、『仏具』『直し』の2点に注目しています。仏具に原点がある鎌倉彫として、各家庭の生活空間に合う仏壇や位牌(いはい)などをご提案していきたいと思います。そして、『直し』の大切さも伝えていきたいです。割れてしまったり、日焼けなどにより白っぽくつやがなくなったりしたものも、修理・手入れをすることで美しさがよみがえります。消費の時代が終わり、お気に入りの品物を大事に長く使うことが大切になってくるのではないでしょうか」

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【プロフィル】ごとう・なおこ

 昭和34年生まれ、61歳。鎌倉市出身。58年、東京芸大美術学部卒。60年、同大院修了。ドイツでの留学生活を経て、平成5年に帰国。鎌倉彫の修業に入る。18年に鎌倉彫後藤会会長、19年に鎌倉彫教授会会長就任。25年から2年間は、鎌倉彫資料館館長を務めた。27年、鎌倉彫協同組合代表理事と鎌倉彫会館館長にそれぞれ就任。令和2年2月に博古堂社長に就任した。

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