書評

『逆ソクラテス』伊坂幸太郎著 慣習、先入観が試され

 あんな大人になりたくない-小学生のとき確かに思ったことがある。しかし、今になると自分がそうなっていないか心もとない。伊坂幸太郎の『逆ソクラテス』は、決まり切った世間の慣習や先入観に立ち向かっていく、純粋で機知に富んだ小学生たちの活躍を描いた短編集だ。

 「考え方を覆す」という抽象的なことがテーマだが、軽妙なテンポの個性的な会話と二転三転するストーリー運びとで、胸のすく快作になっている。収められているのは、表題作のほか「スロウではない」「非オプティマス」「アンスポーツマンライク」「逆ワシントン」の全5作品。

 「逆ソクラテス」では、クラスメートの草壁を「ダメなやつ」と決めつける久留米先生の評価を変えようと、小6の生徒たちが奮闘する。大人びた転校生・安斎が発案者だが、優等生女子・佐久間も加わり、作戦は熱をおびていく。しかし、カンニング作戦、噂作戦ともに、思うような成果につながらない。とうとう打点王による野球教室に望みをつなぐのだが…。

 「僕は、そうは、思わない」のひと言がこれ以上ないほど効果的な場面で使われ、胸がすっとするだろう。

 先入観をもつのは、なにも大人だけではない。「スロウではない」では、運動ができるかどうかで決まってしまうクラス内の力関係が描かれる。運動会で活躍したことで、転校生・高城の秘密があばかれ、同時に、今までの力関係がひっくり返っていくラストは爽快だ。

 「アンスポーツマンライク」は唯一社会人が主人公。小学生時代のミニバスケの仲間が再会したとき、ある事件が起きる。パワハラ気味なコーチに教わっていた小学生時代と現在の自分とを交互にからめながらストーリーは進み、一●踏み出す勇気へとつながっていく。

 どの作品も読後感がよく、希望を感じるのは、子供たちの結びつきが丁寧に描かれているからだろう。立場や地位に関係なく、気が合うだけでつながれていた貴重な時代を懐かしく思うとともに、その頃、この本に出合いたかったとも感じた。

 著者の原点にふれた気になる短編集。感性豊かな小中学生たちにも、ぜひ読んでほしい。(集英社・1400円+税)

 評・赤羽じゅんこ(童話作家)

●=歩の「、」を取る

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