福岡国税局長・吉井浩の一筆両断 特別編

日本産酒類のポテンシャル高める

 新型コロナウイルスの感染拡大を受け、飲食店などの多くが休業や営業自粛を余儀なくされた。感染予防対策で多くの酒蔵は蔵開きなどのイベントが中止に追い込まれたとも聞く。日本酒も含め日本産酒類の国内販売も落ち込んでいるし、輸出も苦戦をしている状況にある。しかし日本酒のポテンシャルはまだまだ大いにある。感染症が収束したら国税庁として酒類メーカーと連携し、日本酒の素晴らしさを改めて世界に発信したいと思っている。その際には、こうした取り組みにぜひとも、読者の皆様方の応援をお願いしたいと思う。

 ◆酒蔵の技術力

 昨年秋、糸島半島で栽培されている酒造好適米である山田錦の収穫状況を拝見したことがある。福岡市内から西へ30分ほど車を走らせると、のどかで美しい田園風景が広がる。当時は、梅雨明けの遅れや夏から秋の豪雨に耐え、豊かに実りをつけた山田錦が穂を垂れている姿を見ることができた。糸島は全国でも有数の山田錦の産地であり、その品質も指折りである。山田錦は背が高く、栽培の難しい品種とされるが、糸島の山々から玄界灘に吹き下ろす風と寒暖差、そして、農家の方々が丹精に栽培をされ、しっかりと豊かに稲穂が首を垂れる姿は美しかった。

 福岡国税局が担当する北部九州(福岡、佐賀、長崎の3県)は、糸島の山田錦をはじめ、酒造好適米の素晴らしい産地である。そして、それぞれの地の名水を仕込み水として、杜氏(とうじ)たちが銘酒を醸し出していく。こうしてできる北部九州の日本酒は大変美味である。

 九州は日本酒造りの南限といわれる。東北・北陸地方と比べると、冬の酒造りの時期の気温が高く、仕込み水は名水ではあるものの軟水が多いため、発酵過程のコントロールが難しいとされる。これをカバーしているのが、まさに杜氏をはじめとする各酒蔵の技術力である。こうした各酒蔵の並々ならぬ努力の結果、北部九州の日本酒は、ここ10年ほどで急速に品質を高め、国際的なコンクールでも入賞する酒蔵が現れるなど、素晴らしい成果を上げている。また、日本酒を輸出する酒蔵も増えており、新しい展開が始まっている。

 ◆可能性に世界も注目

 日本酒業界は長年、業績の低迷に苦しんできた。一方で、日本酒の輸出は伸びている。令和元年の輸出金額は10年連続で過去最高を記録し、輸出単価も上昇している。日本酒を含めた日本産酒類全体の輸出も同様に好調である。また、国内では、清酒の課税移出に占める特定名称酒(特に純米酒や純米吟醸酒)の割合が年々増加傾向にある。国の内外を問わず、消費者が質の高い日本酒を求めているということだ。各酒蔵の並々ならぬ努力の結果が国の内外を問わず消費者に高く評価されてきている。

 冒頭にも申し上げたが、日本酒のポテンシャルは輸出をはじめとしてまだまだ大いにあると考えている。国税庁でも昨年9月に「日本酒のグローバルなブランド戦略に関する検討会」を立ち上げ、日本酒の更なる海外展開を念頭にブランディングなどの突っ込んだ議論を行っているが、日本酒のポテンシャルを示す議論の内容を一部紹介したい。

 日本人は日本酒に合わせる料理について、「酒のさかな」とか「あて」という発想で酒を楽しむためのものとして位置づけてきたが、日本酒を海外に新たに展開するには、それぞれの料理をおいしく食べるためにどの酒をどのように提供するか、というペアリングの発想に立ってみることが重要である。こうした発想に立ってみても、日本酒のウイングは実は大変幅広く、多くの料理に合い、決してワインに負けていないのではないか。たとえば、白ワインであれば、魚介類の生臭さを助長してしまうが、日本酒であれば、生臭さを抑え、うまみを引き立てることとなる。このように魚介類、卵料理、チーズなどワインと合わせづらい料理と日本酒のペアリングの可能性について、実は既に、フランスなどで注目され始めている。加えて、世界的な料理の潮流として、醤(しょう)油(ゆ)、味(み)噌(そ)、出(だ)汁(し)といった日本の調味料が使われるようになり、うま味を大事にするようになってきているが、うま味が強みである日本酒は、こうした潮流を受けて、伸びていく可能性があり、海外を中心に日本酒の展開を図る余地はまだまだ大きい。

 この点、北部九州3県の日本酒は、全国的な傾向と比べると、どちらかというと、やや甘口で、濃醇な日本酒が多いとされているが、このようなペアリングの議論を踏まえていくと、筆者としては、こうした特徴がむしろ強みとなってくると考えている。

 ◆家飲みでも味わって

 今年の北部九州の日本酒は秋の大雨と高温の影響で米が割れやすく、また、溶けにくく、加えて、暖冬で、発酵過程の管理が大変困難な状況であったようであるが、それぞれの酒蔵が技術の粋を尽くして、素晴らしい品質の日本酒を製造したところである。が、ここにきて新型コロナウイルス感染症の感染拡大の影響で日本酒も含め、日本産酒類の国内販売も落ち込み、輸出も苦戦している。

 本稿では日本酒を中心に申し上げたが、日本酒をはじめとする日本産酒類は、日本の豊かな自然や農産物と素晴らしい技術により生み出された世界に誇るべきものであり、日本文化そのものであると思う。また、そのポテンシャルは大変高い。読者の皆様方におかれては、時節柄、ご自宅での「家飲み」で酒類を召し上がられる方も多いかもしれないが、ぜひとも、日本酒をはじめとする日本産酒類を手にとってほしいし、その素晴らしさを味わってほしいと思う。それが今苦境にある酒類事業者に対する何よりのエールであると思う。その一助として、国税庁としても、飲食店が料理をテークアウトで販売する際に酒類も販売できる免許を時限で認めることとした(福岡国税局管内では約900件の免許を付与)。「料理とお酒のテークアウト」ということで、日本酒をはじめとする日本産酒類をぜひとも味わってほしいし、一人でも多くの方にファンになっていただければ、幸いである。

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【プロフィル】吉井浩

 よしい・ひろし 昭和40年、東京都生まれ。東京大学法学部卒。63年に大蔵省(現財務省)に入省。主計局主計官や復興庁参事官、国税庁長官官房審議官などを経て、昨年7月から福岡国税局長。趣味はサイクリング。週末には自転車を走らせ福岡の美しい自然に触れ合う行動派。

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