【外交安保取材】コロナは世界を平和にするか 感染症が想起させる『罪と罰』の悪夢(1/2ページ) - 産経ニュース

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外交安保取材

コロナは世界を平和にするか 感染症が想起させる『罪と罰』の悪夢

トランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2019年6月、大阪市(ロイター=共同)
トランプ米大統領(左)と中国の習近平国家主席=2019年6月、大阪市(ロイター=共同)

新型コロナウイルスの感染拡大を機に、多くの古典が人の口の端に上っている。ツキジデスの『戦史』、ボッカッチョの『デカメロン』、カミュの『ペスト』…。いずれも作中で正体不明の伝染病を描いている。先行きの見えないコロナ禍に不安を抱き、伝染病に直面した昔の人々の姿を追いたくなるのも無理はない。ドストエフスキーの『罪と罰』を読み返した人も少なくないだろう。

「全世界が、アジアの奥地からヨーロッパに広がっていくある恐ろしい、見たことも聞いたこともないような疫病の犠牲になる運命になった」(工藤精一郎訳)

『罪と罰』の主人公ラスコーリニコフは小説の最終盤で悪夢にうなされる。疫病は人々を死に至らしめ、生き残った人は「強烈な自信をもって、自分は聡明(そうめい)で、自分の信念は正しいと思い込む」。その結果、人々は「罪のなすり合いをはじめて、つかみ合ったり、斬り合ったりする」ことになる。

ドストエフスキーが新型コロナを予言していたと考えるのは誤りだ。とはいえ、新型コロナがロシアの文豪を想起させるのは、アジアから欧州にウイルスが広がった点だけではない。

新型コロナを「克服」したとする中国政府は自国の政治体制の正しさを宣伝し、西欧の「個人主義とエゴイズム」が対策を誤らせたと難じる。トランプ米大統領は失政批判をかわすため、感染源の中国に矛先を向ける。国際政治の登場人物たちは自分の信念が正しいと信じ、罪のなすり合いを始めたようにも見える。

伝染病による平和

コロナ後の世界の人々は『罪と罰』の悪夢のように殺し合いを始めるのだろうか。言葉を換えれば、戦争が起こりやすい世界になるのだろうか。

米マサチューセッツ工科大のバリー・ポーゼン教授は米外交誌フォーリン・アフェアーズ(電子版)で、戦争の可能性は低くなると論じた。国家はコロナ禍の経済的打撃で軍事力に自信が持てなくなるからだ。そもそも軍隊は「3密」となりやすいため感染症に弱い。サプライ・チェーン(供給網)の見直しにより国際的相互依存度が低下すれば、それだけ摩擦も少なくなるとポーゼン氏は説く。

一方、国内の不満をそらすため、各国指導者が戦争に走る恐れもある。戦争は、新型コロナで痛めつけられた経済を回復させるための「公共投資」となる。長い不況が排外主義の台頭を促すこともある。