日曜に書く

論説委員・中本哲也 別役実さんをしのぶ

劇作家の別役実さん=平成27年3月17日
劇作家の別役実さん=平成27年3月17日

コロナと共同体

【私は断言するが、「共同体」というのは、ひとつの《風邪》がひとつの周期の間に、伝染し尽くす範囲の内に確かめられるものなのである】

劇作家の別役実さんが3月に亡くなった。

冒頭の一文は「当世病気道楽」(ちくま文庫)の「風邪」から引いた。

別役さんが、道楽として嗜(たしな)む作法、心得を説いた「風邪」は、既存の4種類のコロナウイルスによる感染症を指す。「当世病気道楽」が書かれた1980年代には、同じくコロナウイルス感染症であるSARS(重症急性呼吸器症候群)やMERS(中東呼吸器症候群)、もちろん新型コロナウイルス(COVID-19)感染症も発生していない。

新型コロナを「道楽として嗜む」境地になれるとは今は思えない。けれど、ひとつの《風邪》が伝染し尽くす範囲のうちに「共同体」が確かめられる、という指摘は新型コロナにも当てはまる、ような気がする。

中国・武漢から地球全域に拡大した新型コロナ感染症は、グローバル化により全世界が「共同体」となったことを示しているといえよう。

一方、国内では大都市圏からの感染拡大が、ほとんど及ばなかった地域もある。感染者ゼロの岩手県をはじめ青森、秋田、島根、鳥取、岡山、徳島、香川、長崎、宮崎、鹿児島の11県は、累計感染者数が30人未満にとどまっている(20日時点)。北東北、山陰、南九州地方への偏りが顕著である。

人口密度や地理的要因だけでは、この偏りは説明し切れないような気がする。都市と地方(とくに過疎地域)の間で「共同体」としての繋(つな)がりが希薄になった日本の現状を、新型コロナウイルスが浮き彫りにしたのではないだろうか。

言葉の記号化

別役さんとは生前に2度、会う機会があった。1度目は友人の林次樹君が別役作品(もちろん不条理劇)の舞台に出演したとき、楽屋で「こいつは産経新聞」と紹介された。

2度目は盛岡支局勤務だった2000(平成12)年2月、地元の劇場で上演する創作脚本を公募作から選ぶ「もりげき戯曲賞」の発表会見だった。特別審査員の別役さんは講評で「言葉の記号化」について語った。

「言葉には、その土地や話す人の歴史・風土、肌のぬくもりのようなものが地層のように取り巻いているが、最近はその地層が削られ、意味だけを伝える記号として言葉が使われる傾向が強くなっている」

旧満州生まれの別役さんは会話も著作も共通語だったが、方言による演劇、表現に強い関心を寄せていた。

広範により多くの人と意思疎通を図るために記号化された言葉(たとえば共通語)の拡大によって、地域の風土や歴史、人のぬくもりをまとった言葉(たとえば方言)が淘汰(とうた)されていくことに、別役さんは警鐘を鳴らしていたのだと思う。

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